第26話 気持ち悪い、わきゃない

「こういう身体だとな、嫌がるヤツもいるものだ。仕事とはいえ他人に触れる、しかもあるべきものがない身体というのは嫌悪感を抱くヤツもいるし、気持ち悪がられることが多い。逆にどうなっているんだと好奇心が働くヤツもいるがな……どちらにしてもそいつらの見る目は“普通じゃない”ものを見る目なんだ」


 飛鳥はあまり力が入っていない声で言った。それは横になっているせいかもしれないし、そんな切ない現実に脱力しているからかもしれない。

 大翔は自然と拳を握りしめていた。聞いていて不快になった、飛鳥の言葉もそんな現実も。


(飛鳥のことが気持ち悪いだぁ? なんでそうなるよ……そんなわけないだろ)


 それは人が自分と比べたりするからだ。自分が思う、当たり前の人間像を、みんながみんな当てはめてくるからだと思う。みんなが優しくて当たり前、親切にできて当たり前……みんなが手足があって当たり前。

 こういう仕事をしているから真面目で人当たりが良くて当たり前。

 見た目が悪いから性格が悪い。

 身体の一部がないから何もできない。

 そんなの誰にも当てはまるはずがないのに。


「飛鳥さん、ちょっと足を、見せてくれ」


 大翔は一度かけた布団をめくり、飛鳥の履く白いパジャマズボン――ふくらはぎの部分を目視で確認した。本来は骨と肉があって膨らみがあるはずなのに。そこには何もなく、ズボンはぺしゃんこになっている。

 ズボンの裾を少しめくると、そこにはちゃんと飛鳥の足がある。初めて見る、飛鳥の本当の身体だ。膝というべきなのか膝ではないのか。知識のない自分にはよくわからない。

 けれどそこは確かに途中で骨も肉もなくて。その断面は皮が引っ張られたような、つるつるした面という感じになっている。


「触ってみてもいいか?」


「あぁ」


 恐る恐る、その断面に触れてみた。それは、あたたかかった。ちゃんと血が通っていて身体の一部なんだと感じる……この中ってどうなっているんだろう。本当だったら足先にまでつながっているはずの神経と血管とか。そういうのが途中で切れていると、どんなことになっているんだろう。わかんないけど。

 でもこの全てがこの身体がしっかり生きているということを証明している。それは人間であるということだ。何も変わりない人間。みんなと変わらないのだ。


「気持ち悪くなんか、あるわけねぇだろ」


 飛鳥の足に触れながら大翔は言った。


「アンタのこと、気持ち悪いっていう人がいたらオレがぶん殴ってやるから」


 見た目で決めつけられること。自分もずっとそれに対する腹立たしさは味わってきた。

 母は十七歳でオレを産んだ。父はいなかった。妊娠を知って相手の男は怖気づいて逃げてしまった、よくある話だ。

 今の弟や妹は新しい父の血を受けた自分にとっての異父兄弟というやつだ。だから隼人、飛鳥の兄弟が抱く気持ち――親に対してマイナスな気持ちを抱くのもわからなくはない。


 だけどオレは母を尊敬している。一人でも、いつも明るく接してオレを育ててくれた。血はつながっていないけど母や妹、弟達を愛してくれている新しい父も大事な存在だ。


 けれどそんなふうに思ってはいても思春期というのはあるようで。どうしても自分の感情がコントロールできない時期が自分にもあった。そんな時の自分はちょっとすれていて、髪も茶髪にして、見た目的には“不良”というレッテルを貼られていた。今とあまり変わらないかもしれないけど。


 そうなると大抵、自分のような人間は頭が悪い、悪いことばかりしている、親もろくでもない。そう言われると不愉快でたまらず、キレた時には相手に蹴りをくらわして学校で教師に呼び出されたことも何回かあった。


(オレはアンタの苦しみに比べたら自分の苦しみなんて大したことはないと思う……でも見た目だけで判断される、その虚しさっていうのは少しはわかる気がする。何もしてないのに、敵に見られたり、うざがられたりするのってイヤだよな)


 だけど飛鳥にどんな綺麗ごとを言っても無駄なことだ。自分の言葉なんて、すんなりと受け入れてもらえないだろう。結局は自分と飛鳥は、今は仕事と会社の関係でしかない。自分は飛鳥に金という対価をもらって世話してやっているのだから。

 それでも自分の思いが少しずつ変化しているのを感じている。

 だからアンタのことを気持ち悪がるなんてない。むしろアンタともっと一緒にいられたらなんて、そう思っている。


「あ、悪い、足が寒かったよな」


 飛鳥のズボンを直し、布団をかけ直そうとした、その時。飛鳥が布団を持つ自分の手首をつかんできた。決して痛くないけれど力強く、何かを訴えようとしているかのように。

 その行動に驚き、とっさに「どうした?」とは言えなくて、大翔は腕をつかまれたまま、飛鳥のことを黙って見つめた。


「……お前に何かを言いたいような気がする、でも言ってはいけないような気もする」


 そんな不思議な言葉を口にした飛鳥の眼差しは、ドキッとするくらい真剣なものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る