第23話 浮き立つ前に風呂だ!
夜空の下、ビル群はそれぞれに小さな光を放っている。黄色や白、チカチカするもの、ぼやーんと消えてはまた点くもの。夜なのに光が溢れている、騒いでいる。
コンシェルジュが言った通り、部屋から見る夜景はとても綺麗だった。
「すげ、めっちゃキレイじゃ〜ん……」
学がないから、自分の頭の中にはそれしかほめ言葉がないが、ずっと見ていても飽きない。こんなところに泊まってこんな景色が見られるなんて、自分はすごい仕事を引き受けたかもしれない。引き受けてよかったと思う。
夕食はルームサービスを飛鳥が頼んでくれた。二人でステーキを食べたのだが自分はナイフとフォークの使い方がよくわからず。四苦八苦していると飛鳥は「こうだ」と丁寧に教えてくれた。
なんで今日はこんなに優しいんだ、酒に酔ってんのかな。そんな飛鳥のことを不思議に感じたが食べ進めて腹は満腹になった。
明日の外出の事を考えると心が浮き立つ。飛鳥は渋々だが了承してくれたのだ。仕事があると一点張りだったが「わかったわかった……別の日にやるからいい。一緒に出かけてやる」と投げやりにつぶやいていたのだ。
まさかこんな日が来るとは思わなかった。最初は挨拶すらしなかったというのに。変われば変わるものだ。
明日はどこへ行こうか。この辺には何があるのかよくわからない。せっかく飛鳥と出かけるのだから、いい場所がいい。
大翔はスマホで情報を調べようと試みる。
いつも自分が友達と行くなら、どんな場所に行くのか。どんなことをしようと考えているか。 それをあらためて考えてみるが……ダチとは大体コンビニでダベっているか。ゲーセンか、近場をブラブラしているかだったので、そりゃダメだろと頭を抱える。
学生だったし、金も無かった。今も金があるわけでもないんだけど……でも明日くらいは、ちょっとくらい、はしゃいでみてもいいかもしれない。いやはしゃぎたい。飛鳥が体験したことのないこととか。今までできなかったこととか。自分がいるからできることとか。そういうの、何かないかな。
(……なんかデートのことを考えてるみたいだな……バカ、んなもんじゃねぇだろ)
そんな妙なプランを考えて一人で右往左往していると、今現在やらなければならない仕事が発生した。
(そ、そうだった。オレは飛鳥の世話をしなきゃいけないんだ。ただこうして旅行に来てるわけじゃない、オレは“仕事中”だ)
車椅子に座ってテレビを見ていた飛鳥だったが「そろそろ風呂に入る」と言った。普通だったら「入ってこいよ」と言えば済むことだが、彼にそれを言うことはできない。
ここは自宅ではない。自分も不慣れであるが、飛鳥も不慣れな場所だ。一人ではできないことがある。
……自分はそのためにいるのだ。
「じゃあ手伝ってやるよ、どうすればいい?」
「事前に予約した時に風呂場に特別なイスを置いてもらっている。それに乗り換えれば、あとは自分でやれる」
「服、脱ぐのは?」
「それぐらいはいつも自分でやっている」
「あ、そうだよな」
大翔は立ち上がり、車椅子を浴室へと移動させる。浴室までは段差がないのですんなり入ることができる。さすが高級ホテルだ、清掃の行き届いた浴室も広い。壁にちゃんと手すりもある。
だが浴槽に入ることはできないようだ、浴槽には専用の器具がないから。
「シャワーだけで済ませるから大丈夫だ」
「寒くないのかよ」
「お前に手伝ってもらえれば入れなくはないが?」
「ん? やってやるよ?」
「……いや、やはりいい」
そっか、と大翔は短く返した。まだ飛鳥が遠慮しているところがあるのはわかる。気にしなくていいのにとは思うが、気にしてしまうよな、とも思う。気にしないように自分が振る舞ってやらなければ。
浴室には確かに大きめの背もたれのついた椅子があった。介護用のバスチェアと言うらしい。座面が高い位置にあるから、介助者が椅子に移動させる際も、 あまり腰に負担をかけないようになっている。
自分は介護のヘルパーではないから、こういう仕事をしたことはないのだが。事前に所長にどんなことをやるかも、というのは習っておいた。
『彼は手を使えるところなら自分でできるけど、手すりとかがないと移動はできない。そういうところを手伝ってあげて。あとは聞けば教えてくれるから』
なるほど、やはり必要だったんだなぁ、教わっておいてよかった。
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