第22話 ま〜た言っちゃったよ

 飛鳥がいるにも関わらず、車椅子を部屋の中心に放置して、大きなバルコニーへつながる窓へと向かい、広がる景色を眺めた。飛鳥の住んでいるマンションも眺めは最高だったが、そっちよりもさらにビルが並び、そこら中ビルだらけだ。ちょっとゴミゴミしている、と言えなくないけど、それだけ人がたくさんいるんだなぁと思う。


 大翔がテンションを上げていると、コンシェルジュが荷物を室内に置きながら「 夜景もすごく綺麗ですよ」と言った。


 やっぱり都会ってすごい。今住んでいるところも田舎というわけではないのだが。いつもと違う景色というのは、やはりテンションが上がってしまう。


 しかも今日はシングルベッドが二つ並び、絵に描いたような真っ白なふかふかの枕に布団。寝っ転がっても足が伸ばせる広いソファー、大きなテレビ、ウェルカムフルーツの入ったカゴを乗せたガラステーブル。

 そんな空間に泊まるという、いつもの日常とは違った世界を楽しめるのだ。


 ただ一つ気になる点もある。コンシェルジュが部屋を退室してから大翔は飛鳥に聞いた。


「でもオレとアンタの相部屋って、どうなんだよ」


 そんなところは気にする必要はないのかもしれない、が。気になってしまう。だって一週間ぐらい前、コイツの弟にとんでもないことされ、とんでもないことも言われているし。意識してしまうのは当然だ。

 けれど飛鳥は気にしていないようだった。


「こんなホテルの部屋を二つも取れるほど裕福じゃないぞ」


「こんなホテルの部屋を一つ取っといて何言ってんだよ」


 大翔の応酬に飛鳥は鼻で笑った。


「たまにはこういうのがあっても罰は当たらないだろう」


「たまには、と言われてもオレの人生には初体験ですがねぇ」


「お前への感謝も含まれているんだが?」


「……へ?」


「お前がいてくれなければ俺は何もできないんだ。これでも少しは感謝しているんだぞ。少しはな」


 若干皮肉混じりな飛鳥の言葉に「ふうん」と、そんな言葉に興味はないよとカッコつけてみながら、窓の方へ視線を向けた。その行動は胸の中に湧いた感情をごまかすためにしたことだ。恥ずかしいという気持ちと、いつもの背中のむず痒さ……悪い気はしないけど。


(感謝している……お前がいてくれなければ……あ、飛鳥、が?)


 今日の飛鳥はやはり妙だ。いつもみたいにネチネチしていない。やりたいことができたから少しストレスが解消されたのだろうか。当たり前のように出かけることができなかったから、それができるというのは、コイツにとっていいことなのかもしれない。


(ふぅ……しかし、ハズいなぁ)


 彼にバレないようにため息をつく。胸がざわざわする。悪い意味ではなく、落ち着かない意味。気持ちが一人歩きしてあっちこっち行って、ウキウキやら苦しいやら、よくわからない。


 そんな大翔の一方、飛鳥は自分で車椅子のタイヤを掴んで自走すると、備え付けの冷蔵庫を開け、中から何かを取り出していた。

 瓶だ――赤い液体が入っている。


「お前は未成年だから飲めないな」


 飛鳥の言葉でそれがお酒だとわかった。


「なに酒飲もうとしてんだよ」


「今日の仕事は終わったからな。少しくらいはいいだろ。あと、明日は室内で仕事をするから。お前は自由に過ごしていい。この辺は色々あるみたいだぞ」


 飛鳥の提案に(じゃあ明日は何して過ごそうかな)と考える。せっかく見慣れない土地に来たんだから外に出て、はしゃいでみるか。

 そう思ったが、飛鳥のことがふと気になった――今仕事をするって言ったよなコイツ。


「アンタっていつも仕事ばっかりしてるよな。遊びに行ったりとかしないのかよ?」


 考えてみれば、飛鳥はいつもパソコン作業ばかりをしている。パソコン以外のことを今日はしていたけど、あれだって立派な仕事だ。

 飛鳥は外に出て街をぶらついたり、買い物を楽しんだり、景色を眺めたりして遊ぶことはないのだろうか。気分転換、してみりゃいいのに。


「俺はいい」


「たまには外に出て遊んでみれば少しはその仏頂面もよくなるんじゃないの?」


 飛鳥は室内備え付けのグラスを手に取り、 ワインのコルクを開けると赤い液体をグラスに注いでいく。ワインのCMで見たことある〜なんて思っていると。


「仕事があるからな」


「それって急いで片付けなきゃいけないことなのか?」


「さっさとやっておきたいだけだ。だから俺のことは気にせず、お前は遊んでこい」


 大翔は肩をすくめながら「仕事ねぇ」とつぶやく。


(コイツの生き方は仕事ばかりだ。そんな生活は楽しいのか? オレは楽しいと思わないけど……なぁ、楽しいのか? 本当に楽しいのか? 遊ばない、のか?)


 思いついたこと、言ってみようか? ……いやコイツの場合、包み隠さずに言っちゃえばいいんだ、前みたいにな。


 大翔はバルコニーの前に仁王立ちすると「飛鳥さん」と呼んだ。飛鳥がグラスを口に当て、ワインを飲もうとした手を止める。


「明日、オレとの外出に付き合ってよ。たまには陽の光でも浴びた方がいいぞ。髪がハゲないようにさ」


 言ってしまったら、また体がカーッと熱くなっった。緊張しているのだ。飛鳥に「断る」と言われてしまったらと思うと。


「オレ、飛鳥さんと出かけたいんだよ」


 コイツのことがちょっと気になる自分がいる。飛鳥と出かけたい……なんだろう、自分の気持ちがよくわからない。でもそう望んでいるのは事実。


 緊張に息が上がり、大きく呼吸をする。自分の肩が大きく揺れているのを感じる。

 飛鳥は口にグラスを当てたまま、時が止まったように無表情でこちらを見ている。目つきが鋭すぎて恐怖心がわいてくる。


(断られたら嫌だな……怖ぇな、あぁ、くそ)


 心の中で悪態をついていたら。飛鳥が口にワインを含み、それを一口飲んだ。静かに息を吐く音がこっちまで聞こえる。


「俺がいたらお前は自由に動けないだろう」


「んなことねーよ。アンタを押すだけだ」


「押すのも大変だ、面倒だろう」


 言葉の応酬……皮肉屋な飛鳥らしいと思う。でも負けねぇ、と大翔は歯を一度噛みしめた。


「飛鳥さんは外に出たいと思わないのかよ」


「俺が出る意味はない、お前が疲れるだけだ」


「だから、んなことはねぇって。たまには出ろよ、外を見てみろよ」


「俺は仕事さえやっていればいい」


「仕事以外も大事だろ、楽しみとかあんだろ」


「俺に楽しみなんかない」


「じゃあなんで、さっきから行きたくないとは言わねぇんだよ。オレは、アンタと外に出てみたいんだよ」


 あぁ、また言っちまったなぁ……。

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