第21話 オレはオレなんだ
ウソかホントか。初めて聞く、飛鳥の感謝が含まれた言葉。それを聞かされてしまったら何も言うことはできない。大翔のジリジリしたものは慈雨でも降ったかのように、シュンと静まった。
「大翔、移動しよう」
飛鳥の促しにハッと意識を戻し、大翔は車椅子を動かす。癪だが念のために「しっつれいしましたぁ!」と声をわざと上げて退室し、再び受付の前を通って外へ出た。
日差しを浴び、車の排気音を聞いた瞬間、大翔は「あんのクソジジイムカつく!」と鬱憤を叫んだ。
「お前が殴りかかるんじゃないかと、ヒヤヒヤしたぞ」
車椅子を押していると前を向きながら飛鳥は言った。
「だってあのジジイ! 明らかにバカにしてんもん。なんでアンタといるのがオレなんだみたいな顔してた! まあ、わかるけどさっ、俺が場違いだっていうことはさ!」
ふてくされて喚くと飛鳥も「そうだな」と言った。なんだよ、励ましもなしかよ、さすが飛鳥さんだなぁ、と再びモヤモヤしていると。
「確かにお前に会う場所ではないな」
「……ハッキリ言うじゃん」
赤信号で止まる。すると飛鳥は小さく笑うと「お前には縛りなんてない方が似合う」と不思議なことを言った……何それ?
「要はドッグランに放された犬みたいに、 自由に走り回る方がお前には似合うということだ」
それはつまり、動物ってこと……?
(ってコイツ、オレのことをそんな感じで見てんのか。犬かよ、オレは……まっ、別にいいですけど〜。感じ悪い体裁クソジジイ共の発言に比べたらウソがないからな、この男は……)
信号が青信号に変わり、歩き出そうとした時。
「だが俺にはお前が必要なのも事実だ」
その言葉に車椅子を押そうとした手が止まる。何か言い返そうと思ったけど。胸がつかえたのか、何も返事ができないままになった。
(何、今の……あ、信号、渡らなきゃ)
大翔は車椅子を無言で押し、次の場所へと向かう。胸の中ではまた湧き上がってくる――今度はジリジリではなく、ホクホクとしたものを感じながら飛鳥の後ろ姿を見つめた。
だが飛鳥の意外な優しさに気持ちがほんわかした一方、散々あちこちに連れ回された。それはそうだ、自分がここに来たのは仕事であり、遊びではないのだから。
(そ、それにしても疲れたぞ…くっそ、人使いの荒さは相変わらずじゃん!)
やっと会社巡りを終え、足が棒になっていたが大翔はあることを思い知った。
この男……狩矢飛鳥はやはりただ者ではないということだ。巡る会社全てがそれなりに業績ある企業ばかりで、猫の手なんか目じゃなくて“びじねすまなー”って、こういう時に大事なんだなぁということを学んだ。
飛鳥が会う人物もそれぞれが会社の重役といったヤツばかりだ。けれど、どいつもこいつも人の見てくれを気にするヤツらで、初対面から気分は悪くなった。
飛鳥の隣にいる自分を異質に見る視線……それを見ているとぶん殴ってやりたくなる。確かに自分はこういう場には似合わない。それは飛鳥も言っていた。
(でもエラいヤツなら、高澤所長みたいに人を見る目を養えってんだ)
バカにする目つき、好奇な目……前に飛鳥も、言っていた。立場は違うけど飛鳥も同じ気持ちを味わってきた。だからなんとなく、自分に気を使っているような優しさが垣間見えたんだと思う。
(飛鳥ってホントはイイヤツ、なのかも……)
仕事はできるし、性格は難もあるが少しは優しいところもある。自分はすごいヤツと出会えたのかもしれない。飛鳥の車椅子を押しながらそう思うものの、仕事中にヤツが取引先と話していた仕事内容については全く理解ができなかった。
(しょうがないよな、オレ、バカだから)
そんなこんなで最終的に落ち着いたのは夕方で、向かったのはとある格式高いホテルだった。“ちぇっくいん”という受付の方法もよくわからず「ここはどっかの城か?」と思わんばかりの広いロビーで呆然としていたら、飛鳥に「早く動け」と言われたので指示通りに動いた。
「飛鳥さんってこういうとこ、よく泊まんの」
「いいや、ない。必要がないからな」
その返事に「ふーん」と返しながら。大翔はロビーの天井にぶら下がる巨大なシャンデリアを見上げた。電球たくさんで落ちてきたら大惨事だな〜と、のんきなことを考えてしまう。
(やっぱり場違いだよなぁ、オレ……って、こんな気持ち、飛鳥のマンション見た時も思ったよな)
それだけ自分はコイツとレベルが違うのだ。格差があるのだ、仕事でも収入でも……あぁ、かなしー。
昼間一緒に回ったことでも、それは感じた。自分に似合わない場所というのはあるものだ。スーツが自分に合っていないことも自分でわかる。
それは自分がスーツを嫌いだから。無理に着飾るのが自分らしくないから。ホントはいつものシャツとダボついたズボンの方がよかった。見てくれは悪いけど、中身は……少しはマジメなんだよ、オレ。
それでも、いかに中身が真面目で性格が優しくても。先に選ばれるのは、やっぱり見た目だ。所詮見た目でしか判断されないのはわかっている、ずっとそうだったから今さら正そうとも思わない。無理に正したら自分じゃない。
(オレはオレのやりたいようにやってやるんだ)
少しイラ立っていた気持ちは、チェックインを済ませ、ホテルのコンシェルジュに案内された部屋の中を見た途端にバーッと吹っ飛んでいた。
「おわぁ、すっげぇ!」
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