第11話 襲われ、なぐさめられ

 動きたいんだけど耳から全身に伝わる鳥肌的なものが、それを拒ませる、全身の力を奪う。


(オ、オレ……何、これ、気持ち良いってこと、これ? 頭おかしくなったのか?)


 そんな感覚に翻弄されていると、後ろから太腿に割って入る膝のような硬さを感じた。膝は尻に当たると、そこを刺激するようにグッと押し上げてきた。


(ちょっとまて、ちょっとまて! オレ、何されようとしてんの! 逃げないと大変なことになるーっ!)


 火事場の馬鹿力だ。大翔は無理やり相手の体重を押し退け、上半身を起こした。

 だが刺激的な攻撃をくらったせいで姿勢を全然保っていられなかった。今度はそのまま肩を引っ張られてしまい、仰向けにさせられる。

 力が入らないまま両方の手首を布団に押さえつけられ、今度は首筋にあたたかく湿った舌のようなものが当たる。それは上から下へと往復し、首の皮膚になんともいえない感触を与えてくる。


「ひぃぃ、や、やめろよぉっ!」


 さすがに、ダメだった。変な感覚に声が抑えられず、出た声が上ずる。自分でも引くくらい、恥ずかしいぐらいに声が変だ。

 そんな時、ガチャっとドアノブが動く音がした。


「隼人っ! 何をしているっ⁉」


 飛鳥の焦る声がし、暗かった世界に明かりが差した。ドアが開かれたことで廊下の明かりが室内に入ったのだ。

 見ればドアの向こうから車椅子上の飛鳥がこちらを見ている。

 息も絶え絶えの自分と目が合うと、彼はとんでもないものを見たというふうに目を丸くしていた。初めてかもしれない、彼の驚きの表情。


「あーあ、もうちょっとだったのにぃ」


 自分の上から残念がる声がする。声の主は自分の手首を押さえ、身体に体重をかけている張本人。明かりが入ったことでその姿が確認できる。


 耳まで長さのある金髪の美形な男子。見た感じは高校生ぐらい、上半身裸で下はデニムのみ。

 男子は上から顔をのぞき込んできた。キラキラと純真そうな瞳をしているが……この人物がとんでもないことをしてきたのか。


「お兄さん、大丈夫? ちょっと刺激的だったかな。でも俺、すっげぇ興奮しちゃった。だってお兄さん、すげぇイイ声で――」


「隼人っ!」


 遮るように、怒っているように。飛鳥は声を荒げた。本当だったら部屋に入ってきてこの状況を打開したいくらいなのだろう。

 だが入れないから声しか出せない。


「はいはい、わかったよ。でもこのお兄さん、すぐには動けないかも。ごめんね? なんだったら最後までヤッて発散するのも――」


 もう一度、飛鳥が叫ぶのが聞こえる。

 はいはい、と言いながら隼人と呼ばれた人物が身体の上からいなくなり、やっと身体が動かせるようになったが。


(うぅ、すぐに動けそうにない……)


 彼は狩矢隼人。この部屋の主で狩矢飛鳥の弟だ。


 少ししてなんとか動けるようになり、いつも飛鳥が仕事をするリビングのダイニングチェアに座り、テーブル上に組んだ手に頭の体重を預けながら、クラクラする頭を冷やそうとした――いや頭だけじゃなく、身体の中心も熱くて仕方ないのだけど。


「……大丈夫か? 悪かったな。あいつが帰ってきていると思わなかった。今は中間試験中で早帰りだったようだ」


 飛鳥が心配そうに言葉をかけてくる。そんな初めての事態に本当なら「おぉっ!」となりたいのだが。自分の情けない姿を飛鳥に見られたと思うと恥ずかしくて、この最上階のベランダから飛び降りたい心境なのだ。


「あいつは悪いヤツじゃないんだが、たまに突拍子もないことをする。誰かが部屋に入るのは縄張りを争う動物みたいに嫌がるしな……まぁ、あの年代だと普通かもしれないが、あいつにはちょっと注意してくれ」


 珍しく、飛鳥は弟の注意事項を述べて長く話しかけてきた。


「嫌だったら所長に報告するといい。担当を外せるだろうから」


 その言葉に、大翔はパッと顔を上げた。


「そ、そんなことは――」


 自分を見ていた飛鳥と視線がぶつかる。こんな近くで目が合うのも初めてで、瞬時に緊張したかのように気まずくなり、すぐに視線をテーブルに移した。


「し、しないって。あんなことぐらいで、報告なんてするわけないだろ。 べ、別にその、最後まで、何かさられたわけ、じゃないし……その……大丈夫、全然……」


 そこまで言い返して「余計なことまで言った」と自分で事態をぶり返したことを後悔した。


(は、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……ホントに今すぐ飛び降りてぇよぉ……)


「あ、あいつは……い、今までもああいうことしてきたのか?」


 気まずい雰囲気を打開すべく大翔は会話を続ける。


「いや、今まではない……お前以外でサービスに今まで来ていたのは年配の女性だったしな」


「そ、そうか」


 そうだよな、この仕事に携わるのは女性多め、子育てから解放された年代多めだ。あんなことはできないよな。


「普通に事件になるもんな……オレだからよかったものの」


「いやお前でも問題だと思うが……あんなのは……」


(あ、あんなの……もう言うなよぉ……!)


 そこはスルーして何も言わないでほしい。あぁ、もう自分も何も言わないでおこう……あ、あと仕事、何が残っていたかな。もう終わりだったかな。この後は他の訪問はないから事務所に戻って、この熱を冷まそうかなぁ……。

 はぁ〜、と深くため息をついた時だった。


「大翔さぁーん!」

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