第49話 地震

 受付で入場料を払い、園内に入る。以前のように園内はお客さんでいっぱいで、観覧車などのアトラクションが稼働している。

 大翔は園内を歩き、車椅子の男性を探した。たまに車椅子の後ろ姿を見ては飛鳥かと思って近づくが、そばに付き添いがいるのですぐに違うとわかる。


(ほら、飛鳥さん……みんな一緒だって。車椅子で頑張っているヤツも、難しいことは誰かに助けてもらっているんだ、だから助けてもらうのって恥ずかしいことじゃねぇよ)


 心の中で飛鳥に問いかけながら歩き回った。気づけば園内を回り歩いて五周はしてしまったかもしれない。


「くそ……呼び出してもらった方が早いか」


 けれど呼び出しても来てくれるとは限らない。飛鳥は自分を避けている。なら呼んでも現れないかも。奇襲みたいにしてやるしかない。


 とりあえず車椅子の人物についてスタッフに聞いてみようと思った時、ある建物が目に入った。園内の中心にそびえている百メートル以上はある細長い建物。それは園内や、さらに園外の景色を見渡せる展望台となっている。前回は整備中とかで入れなかったが今は入れるようだ。


(上から見たら、見えたりして……)


 向かってみようかと足を一歩踏み出した時――地面に着地した足の裏から妙な振動を感じ、身体がバランスを失う。

 周囲の園内にいた客達の「地震っ!」という声と悲鳴が上がった。


 立っていられないほどの揺れなんて、こんなの初めてだ。身体が揺れに耐え切れず、自然と地面に這いつくばるように揺れをやり過ごそうとした。

 数十秒ぐらいしてか、揺れはゆっくりと静まったが、少し残った横揺れがぐわんぐわんと身体を揺らし、不快な気分は続く。


 周囲からは「怖かった」という不安と心配が入り混じる声が聞こえる。そんな園内にアナウンスを知らせるチャイムが鳴り響く。


『ただいま大きな地震が発生したため、園内のアトラクションが一時停止をしております。安全の確認ができ次第の運行、もしくは皆様の誘導を行いますので、しばらくそのままでお待ちください。また展望台に入館しているお客様にお伝えします。展望台の建物は今の揺れで窓ガラス等の破損の恐れがあります。スタッフが案内致しますので速やかに退館をお願い致します』


 その後もアナウンスが繰り返され、園内にいる人々は恐る恐る動き出したり、広い場所で様子を見ている。


 大翔は展望台の建物に目を向けた。出入り口からゾロゾロとスタッフに案内された来客が外へと流れている。

 長年続いている遊園地ということもあり、建物の老朽化もあるらしい。特にあんな高い建物だ、地震があっては何か起こる、と考えるのもわかる。


 ひとまずもう大丈夫かな、と大翔が立ち上がったその時。展望台の建物から、けたたましい警報が鳴り響いた。

 何かあったらしい状況に周囲の人々が心配そうに展望台を見つめる。スタッフが数名慌ただしく走ってくると、その内容が聞いて取れた。


「配電部から出火したっ! 今の地震で電気系統異常でスプリンクラーが故障したのか作動しないです!」


「残ったお客様はっ⁉」


「今、避難中です!」


 周囲が騒がしくなる。再びアナウンスが鳴る。


『お客様にお知らせします。展望台の建物内部にて火災が発生しました。これより消防隊を要請し、消火活動に入るため、園内にいるお客様は速やかに退園をお願い致します』


 これは大変なことになった。スタッフがバタバタと走り回り、来客に声をかけていく。大翔も人混みに混じり、退園しようと思った時だった。

 そばに走っていたスタッフの話が聞こえ、大翔の動かしかけた足は止まった。


「展望台にまだお客様が残っている!」


「早くお連れしないとっ!」


「そ、それがエレベーターで上の方に上がっていて。そのお客様、車椅子の男性なんだ! 降ろすことができない!」


「そんな……!」


 全身の血の気が引く思いがした。車椅子の男性。そう言われ、大翔の頭に思い浮かぶのは、あの人しかいない。

 いや、もしかしたら違う人かも。でもそうかもしれない、わからない。でも自分はこのまま帰るわけにはいかない。


 何も思うことはなく、展望台に向かって走り出していた。建物の出入り口からは避難している来客が大勢出てきていて、スタッフ数名が誘導にあたっている最中だ。


「お客様、今、建物に入ることはできません」


 誘導していた女性スタッフが建物に入ろうとする大翔を制止しようとした。

 だが大翔は女性スタッフを振り切り、


「悪いっ、どうしても行かなきゃいけねぇんだ!」


 そう叫びながら館内に飛び込む。背後からは「お客様!」と叫ぶ女性の声が聞こえたが館内に入った自分を止めることはできなかった。

 館内は広々としたホールになっていた、かすかに煙の臭いがする。上の方からではなく、地下階からの出火なのか。

 エレベーターは本当に使えないだろうかと思い、二つ並んだエレベーターを見るが、やはり固く扉は閉じられていた。

 なら階段を使うしかない、階段に向かって走った。階段を駆け上がり、二階のホールへ。


「飛鳥さん! 飛鳥さーん!」

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