第47話 依頼じゃなく、お願いです
それでも所長にとって飛鳥は大事な友達……だからこそ、自分は任されたはずなのだ。
「でも、所長……飛鳥のことは嫌い、じゃないですよね。アイツも、たまに言ってましたもん……『夕は良いヤツだ。お前は良いヤツに見つけてもらったな』って……」
そう言うと所長は身体を離し、さびしそうに笑った後で、また無理矢理に笑顔を作った。
「……そうだね、僕は飛鳥も大切だよ、友人としてね。そしてアイツはどんな逆境にも負けない強いヤツだ。そんなアイツだから君も夢中になったんだ」
「……アイツの場合、きっとあきらめてるのもありますよ。高望みしないっつーか、卑屈なんすよ。やりたいこと、たくさん、あるくせに」
所長の手が大翔の髪をなでる。大きな手だ。所長は優しいから、この手でたくさんの人を助けるんだ。
自分のこの手も助けたい人がいる。自分はこの手を、失っている飛鳥の足の代わりに使ってやりたい。
「……大翔くん」
所長は髪をなでながら、いつもの穏やかさを取り戻したように言う。ちょっとイタズラっぽい感じで。
「キスして、ごめんね?」
「えっ」
あらためて言われた事実に、一気に顔が熱くなる。そうだ、自分エラそうなこと言ってるけど、所長にまさかのキスを……。
「もうわかっているよ。僕はもう、君を好きでいる資格はない。だから今の行動だけは君への想いを吹っ切るための最後のもの……っていうことにして許して? 今度ボーナスはずむから」
「そ、それって、発言として、サイテーじゃないっすか……いや、別にいいんすけど……」
所長は苦笑いし、もう一度「ごめんね」と言って立ち上がると大翔の手も引き、立ち上がらせてくれた。
所長の話を聞いた身としては、どんなことがあってもこの人のことは嫌いじゃないし、嫌いにもならない。この人は最初から自分を真っ直ぐ見てくれていた。信頼できる人だ。想いに応えることはできないけど。
「大翔くん、飛鳥のことが大好きなんだね」
所長の問いに大翔はうなずく。
すると所長は「いい子だ」と言って大翔の髪をなでた。
『今日は休みを取っていいよ』
所長の気づかいもあり、大翔は久しぶりに駅前のハンバーガー屋を訪れた。テーブルにあるタブレット端末で注文し終えて、あとはメニューを待つ。注文したのはもちろん、大事な勝負のゲン担ぎとしても役立つボリューム満点ADセットだ。
今日はこれを食べながら、この後のことを考えると決めたのだ。
所長は言っていた。
『きっとマンションに行っても居留守使って出ないだろうね。携帯も着信拒否だったでしょ。全くね〜……君をこんなに夢中にさせておいて自分勝手なんだから』
所長はこんな事態も予期していたように語っていた。なぜなのか理由を聞いてみると『付き合いが無駄に長いからね〜』とトボけたように言った。
『飛鳥はね、自分のような人間は誰も幸せにできないと思ってる。だから自分に好意を寄せる人間はわざと突き放すんだ』
なるほど、と思った。望みたいと思っても結局最後は自分には無理だとあきらめてしまう……それが飛鳥だ。でもそれは飛鳥の性格というよりは飛鳥の状況がそうさせたのだろう。
己一人では限界がある。誰かに頼らなければならない。けどその誰かを一生と決めた時、その誰かも『自分には無理』と言って、いなくなるかもしれない。そうしたら飛鳥はまた何もできなくなる、普通の人らしく、好き勝手に過ごすことさえ、できなくなる。
誰かに頼りたい、でも誰かを失った時の、人間らしさを失った時の代償は大きい。だから自ら先に離れる。幸せから逃げようとする。
(そんなの楽しくないじゃねぇか……けどよ、今はその誰かはオレがやるんだよ。オレは飛鳥から離れない、手放さない。アンタがオレに対価を払ってくれるなら)
『だから大翔くんに、あらためてお願いがあります』
先ほどの所長との一件――頭をなでていた手が今度は大翔の頬に当てられ、人差し指と親指でなぜか頬がプニッとつままれた。
『君みたいに態度が悪くてあきらめが悪くて、真っ直ぐな人は他にはいない。そんな人があの人には必要です。飛鳥のことを好きなら、どうかあきらめないであの人を追い続けてあげてください、そして助けてあげてください』
所長は穏やかな笑みを浮かべて『なんだったらしばらく休んでも大丈夫だよ。特別に“飛鳥手当て”つけるからさ。徴収は飛鳥にするけど』
なんだ、飛鳥手当てって……頑固で腹黒そうだ。
注文して出てきたハンバーガーを食べながら考える。
このまま飛鳥の家に行ったとしても。以前のようにインターフォンを押しても、閉ざされたあのエントランスを開けてはくれないだろう。
仲良くなった管理人にお願いしてエントランスは開いたとしても、飛鳥の家の玄関ドアという第二関門がある。そこは隼人に言えば開けてくれるだろうが、そこから先へ乗り込んだとして……飛鳥は自分を受け入れてくれるんだろうか。そこはめちゃめちゃ微妙だ。
でもどうにかして飛鳥に会うんだ。飛鳥が会いたくなくても絶対にあきらめない。
(飛鳥の世話をしたい、それがオレのやりたいことだ、簡単にあきらめてたまるか)
ハンバーガーの味を噛みしめたところで、ふと思い出す。前回来た時、隼人もこの五段パティのハンバーガーをうまそうに食べていたよな、と。
それを考えた時、大翔はハッとし、持っていたハンバーガーを皿の上に置いた。
(バカっ、なんで思いつかなかった! アイツなら、つながるじゃんっ!)
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