オレは大きく翔んでやる、アンタを巻き込んで
第46話 仕方ない苦しさ
「シフトから外れているって、どういうことっすか?」
『猫の手』の事務所。いつぞやかも入った応接間で所長と大翔は向き合っていた。
朝から告げられたショッキングな事実に、大翔はイラ立ちを高澤所長に向かって言い放つ。
「確かにアイツのケガは治りましたよ! でもだからって、なんでアイツの仕事が全部なくなるんですかっ」
土日が明け、事務所に出勤した大翔に所長が告げてきたのは信じがたい内容だった。
『もう今週から狩矢さんの仕事はなくなりました。大翔くん、お仕事なくなっちゃったけど、また新しい仕事を入れるから心配しないでね』
そう言われた途端、大翔の心臓は大きく脈打ち、胸の中に「なんで」という怒りが生まれた。突然そんなことを言われても納得できるわけがない。
「普通だったら、前みたいな週三回のサービスに戻るだけじゃないっすか」
スーツ姿の高澤所長は困ったように笑う。
「大翔くんがそう思う気持ちもわかるけど、これは狩矢さんからの希望だから。サービスをいらないと言われた以上、こちらからお願いするわけにはいかないからね」
「あ、飛鳥から? なんで……」
ウソだ、ありえない。そう思うしかない。
だって先日の、あの想いを告げた日に。自分達はベッドで身体を重ねて深いつながりの関係になった。飛鳥は己の想いを言うことはなかったけど、行為で示してくれたんだと思った……いや思うようにしていたんだ、勝手に。
でも土日が明けたら、また一日二時間のシフトに戻って。以前のように仕事をして。それでもいつかは飛鳥が受け入れてくれるかもしれないと思っていたんだ。
(こんなのってアリかよ……あの最後のつながりだけで、うちらの関係は終わりなのかよ……ただの、あれだけで、あとは何も……)
でも確かに、先日『また来週な』と言って飛鳥の元を去ろうとした時、飛鳥はいつもの『あぁ』という短い返事をしなかった。聞こえなかっただけかもと思っていたけれど。
今になると、あれは意図的だったのだ。飛鳥は自分との関係を切るつもりだった。自分が深入りしてしまうのを、よくないと思ったのか。それとも飛鳥がこれ以上を望みたくなかったのか。
どちらにせよ、所長の言う通り、断られた以上はもう入ることはできない。
「なんで、なんだよ……」
大翔は床にへたり込み、床を叩く。身体に刻み込まれた飛鳥の存在は、とてつもなく大きいのに。それがなくなってしまった。
(オレは一体どうしたらいいんだよ。この先、何をしたらいいんだよ……そうだ、携帯っ……)
飛鳥の番号が登録されている。所長の前だというのに、ズボンから携帯を出して電話をかけてみたが。スピーカーから聞こえたのは、ツーツーという、むなしい機械音。
それは拒否だと、すぐにわかった。仕事だけじゃなく、プライベートも、もう必要ないということなのか。
(勝手だ、勝手すぎるんだよ……どうしようもないのかよ、飛鳥……!)
「大翔くん」
所長が膝を折ってしゃがみ、その手がスッと動くと大翔の携帯を持つ手を下げさせた。
そして反対の手が大翔の頬に触れた。
「大翔くんは飛鳥のことが好きなのかな」
息を飲み、所長の顔を見上げる。その表情は目を細め、無理矢理に少しだけ口角を上げていて、とてもつらそうだ。
「……所長……何を――」
言いかけた時だった――所長が自分の方へ近づき、唇に優しい何かが当たる。
それは所長の唇だった。目を閉じる間もなく、それは触れて、すぐに離れていった。
「飛鳥がうらやましい」
所長は眉間にしわを寄せ、困ったように笑うと今度は大翔の背中に手を回し、座った態勢のまま、抱きしめた。力は強く、そしてかすかに震えている。
「大翔くん……僕はね……自分の判断が恨めしい。飛鳥のことを頼んだのは僕だ。君なら大丈夫と思って。飛鳥のことを頼むと言ったのは僕なのに……本当に身勝手なものだ。今は君に頼まなきゃ良かった、そう思っているよ。だってそれによって君は飛鳥を選んでしまったんだもんな……」
顔が熱くなるのと同時に以前から感じた所長がたまに変な感じになる原因を知った。自分のせいだったのか。キスしてきたということは……そういうことだ。所長は自分を――。
「そう、僕は大翔くんが好きだよ」
優しい所長から告げられた、はっきりとした答え。たまに冗談を言う所長だけど、それは冗談ではないのだということは所長の腕の力が強くなり、所長の匂いが濃くなったことでわかる。
「だから君が飛鳥に夢中になっていく姿を見ているのは、正直とても苦しかった……君が楽しく仕事できるのはいいことだし、何よりこれは仕事なんだから仕方ないと思っていたけど、すごく苦しかったよ」
今までの所長の挙動不審。最初は友人である飛鳥にやわらかな対応だったのに。ケガをした後の言葉の強さを思うと、それを耐えていた苦しさが伺える。
「僕さ……自分の仕事に対する思いがわからなくなったよ……僕は飛鳥に助けられた。だから彼みたいに困っている人を助けようと、この仕事を始めたのに。飛鳥を好きな君を見たら『なんで飛鳥みたいなのを?』って……そんなひどいことを考えたこともあったんだ、最低だよね、人として」
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