第45話 好きで拒否でつながって
唇が震えそうになるのをこらえ、大翔は飛鳥の名前を呼んだ。隣からは冷静な声で「なんだ」という返事がある。
大翔は目を閉じたまま、腹に力を入れる。緊張する。このままベッドから抜け出して何気ない顔して家に帰ってしまおうか。
(……いやいや、言ってしまうんだ、オレ。そんなのらしくないぞ。飛鳥に対してオレはずっと、そうしてきたんだ。思ったことを全部、彼に言ってきたんだ。だから、言っちまうんだ……!)
深く、息を吸って。
「オレ、飛鳥さんのこと好きだ」
一度、生唾を飲み込んでから、もう一度。
「飛鳥さんのこと、好きなんだよ」
飛鳥はどんな顔をしているだろう。どんな気持ちで自分の言葉を聞いているのだろう。確かめるのが怖い。だからずっと目を閉じたままでいる。
ベッドライトのみが照らす室内、 聞こえるのは隣にいる飛鳥の穏やかな呼吸音。自分の告白を聞いても、なんら揺らいでいない、とは。どういうことだ。聞こえてなかったのか。
一方で自分の心臓は大きく脈打っている。一気に、全身に。押し出すように血流が回っている。
自分の好きという意味。それはずっと一緒にいたいということ、飛鳥と離れるのが嫌だということ。
「なぁ、飛鳥さん」
もう一度、飛鳥を呼んだ。思ってることを全部伝えてしまうんだ、自分らしく。
「飛鳥さん、オレのこと、信じてねぇだろ。好きなんて言っても信じてねぇだろ? だけどオレはホントにアンタが好きだ。アンタと色々なことをやっていきたいと思うくらい、好きになっちまったんだよ」
飛鳥は何も返事をしない。まさかと思うが、寝てしまっているのか。そんなバカな。こんな状況で簡単に寝れるわけがないだろう。
けれど自分もそれ以上は何も言えず。苦しくてたまらない胸の中を沈めようと、飛鳥にバレないように胸に手を当てた。手の平に自分の速い心臓の動きが伝わる。
「……大翔」
しばらくすると、気のせいかもと思うほどの小さな声量で、やっと飛鳥からの言葉が聞こえた。
「お前の気持ちはとても嬉しい」
だが嫌な予感がした。
「だけどお前の気持ちには――」
わかってはいた。わかってはいたつもりだ。
飛鳥が、そういうだろうことは。
だけど聞きたくない。飛鳥が何かを言いかけたところで大翔は勢いよく身体を起こし、布団を蹴飛ばし、隣で眠る飛鳥の上に乗った。ケガは治ったから大丈夫だ――飛鳥の両肩を押さえ、上から彼の顔を見下ろす。
「ひろ――」
「それ以上、言うなよ」
飛鳥の言葉を遮り、大翔は歯を食いしばる。自分の心臓がこんなにも、握りつぶされるぐらい苦しいのに。飛鳥の表情はいつもみたいに無愛想だ。驚くでも怒るでも笑うでもなく、何を考えているのかわからない表情で自分を見上げている。
「ホントに、アンタが好きなのにっ」
喉の奥が乾いてくるけど。好きだと何度でも叫びたい。好きだ、好きだ。そう叫べばアンタは受け入れてくれるだろうか。
「イヤなのかよ、オレのそばには、いてくれねぇのかよ。オレ、なんでもするから」
こんなに誰かを好きだと思うなんて初めてだ。その存在の全てが欲しいと、そう思うくらいに。胸が、身体が、頭の中が、はじけ飛びそうなくらいに。
大翔は飛鳥の両肩に手を置いたまま、顔を近づけ、さらに近くで飛鳥を見つめる。
目が合った飛鳥は依然として何も語らない。何を考えているんだ、自分ばかりがこうやって騒いでいると滑稽でしかない。
「飛鳥さん、オレのことをずっと頼ってくれよ。オレが望んでるのは金じゃないんだ。オレが欲しいのは――」
何も言わないなら何も言わないでいい。
自分は今、自分がしたいと思うことをするから。不慣れだから、うまくはできないかもしれないけど。
オレは飛鳥にキスしたい。
大翔は顔を近づけ、飛鳥の唇へと自分の唇を重ねる。飛鳥は拒まず、黙ってそれを受け入れる。初めての感触、人の唇、間近で感じる人の温度をしたやわらかさ。
唇から全身に熱が行き渡るようだ、手足が痺れる、身体の中心がジワジワと……痛いわけじゃないけど、うずくような。
すると不意に、飛鳥の両手が伸びてきて大翔の両肩をつかまえた。
そして離すまいと全ての指に力がこもり、重ねる唇にも力が込められる。息ができないくらい、飛鳥の唇が押し当てられる。
(なっ、飛鳥っ……!)
自分の身体の中がどんどん熱くなるのを感じる。自分でやっておいて、とんでもないことをしてしまったかもしれない、と多少の後悔の念に駆られる。
でもわかった。自分はこれを望んでいた。飛鳥は今さっき言葉で拒否されたけど、行動では自分を受け入れている。
一体、飛鳥の本心はどっちなんだ、わからない。多分、ダメなんだろうけど。
でも今はいい。今はこうして心が望むままに抱きしめて、キスして、つながってしまえばいいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます