第18話 吉報のち吉報

「……この子、お客さんの赤ちゃんなんだけどかわいいんだぞ〜。よく笑うし。ちなみに今この子の親、もう一人赤ちゃん産んでる最中だから仕事で預かってるんだ。赤ちゃんって本当にかわいいよなぁ」


 ミーくんを抱え、にらめっこしながら、へへっと笑ってしまう。すると飛鳥は「お前は赤ちゃんの世話が得意なのか」と質問してきた。


「うん、オレ兄弟多いんだよ、全部下なんだけど。みんな手はかかるけどかわいいんだぞ」


 ふーん、と飛鳥は相づちを打ち、抱えられたミーくんをジッと見上げた。ミーくんも飛鳥に興味があるのか、輝く瞳でジッと見返している 。

 少しするとミーくんは飛鳥を見て笑い、また「パー」と言って、はしゃいでいた。こんな姿に癒やされないわけがない。


「はは、どうしてもアンタがパパに見えるみたいだよ」


 また照れながら困惑するかなと思い、飛鳥をからかってみた。しかし飛鳥はいつもの仏頂面になるとミーくんから視線を外した。


「……パパはもっと良い人間だろう」


 突き放すような言葉。ミーくんがいる手前、声を上げるわけにはいかないが、イラッとした。


「な、なんだよその言い方。それじゃアンタが悪いヤツみたいじゃんか 」


「俺は普通じゃないからな。俺と比べられたら、その人は嫌だろう」


「なっ、なんてことを言ってんだよ!」


 大翔は口を引き結ぶ。グサッと胸を刺されたような痛さがあり、飛鳥を見ながら軽く涙が出そうになった。


(普通じゃないって、なんだよ。別にそんなの……)


 こんな何気ない会話の中に飛鳥が抱く生きることへのむなしさというものを感じた気がした。


「どこがどう普通じゃないって言うんだよ」


「見ればわかるだろ」


「いいや、わからねぇよ。普通じゃねぇなんて……アンタだってただの人間じゃんか。普通だろ。飯食って歯も磨いて寝るだろ。それだけで普通じゃん。それが普通じゃないっていうなら、みんな普通じゃないんじゃねぇのか? むしろ普通なヤツなんていないってなるじゃん、世の中にさ」


 飛鳥は、ちょっと身体の一部がないだけだ。大変ではあるかもしれない、けどそれだけだ。普通にこの世界にいるべき存在だ。ありのままに振る舞えばいいのだ。

 今まで飛鳥が生きてきた中では、それができなかったのかもしれない。だってどこかに出かけるのでさえ、遠くに行きたい時は誰かの手を借りなければいけないんだもんな 。


 飛鳥の性格を考えると、誰かに頼るのは嫌なんだろう。 なのに来週の仕事での出張は自分を頼ってくれた……自分を選んでくれた。

 じゃあ自分は飛鳥が普通に過ごせるようにすればいいんだ。


「飛鳥さん」


 大翔はミーくんの顔をわざと飛鳥に見せながらニッと笑った。


「来週は風邪引いても事故っても寝込んでも行くから心配すんなよ。何がなんだろうとオレは一緒に行ってやるから。ただ何やるのかは事前に教えてくれよ。勉強しとくから」


 大翔の言葉を後押しするようにミーくんもにっこり笑った。自分たちのその様子を見た飛鳥も戸惑いながら小さく笑った、ような気がする。


 そんな時、大翔のズボンのボケットに入れていたスマホがメールの着信を知らせた。ミーくんを片手で抱っこし、スマホを確認する。


「あ……ゆかりか」


 画面に出た『ゆかり』という人物の名前。それは自分にとって見知った名前なのだが、その名前を口にした時、そばにいた飛鳥の眉がピクッと上がったようだ。

 それが何を意味するのか、自分にはわからなかったけど。


 大翔はスマホに映った文字を目で追い、内容を確認する。 そこには見慣れない文字が映し出されていた。


『妊娠したよ〜』


 その文字に「はっ?」と声を上げてしまった。


 妊娠?  何それ、なんだっけ……あーそうそう子供ができることだっけ 。なんで子供ってできるんだっけ。


(……妊娠……?)


 そんなことを考えていたら、飛鳥が怪訝そうな表情で「大翔」と名前を呼んできた。

 大翔はハッと我に返る。


「……ゆかりとは、お前の?」


「え? あぁ、そうだけど」


「何かあったのか」


「なんか、妊娠したんだって」


 飛鳥に何気なく返答してしまったが。だんだんと、そのメールの内容がとんでもない内容だということを波が押し寄せたように理解した。


「……はぁっ!? 妊娠!?」


 マジかよ。いや、いいんだけど、だってまぁ自然なことだし。ゆかりが妊娠したのは変なことではない。自然だ、うん、自然……だよな。でも本当に? しかしそんなことをメールで伝えてくるなよ。


 大翔が頭を混乱させていると、抱っこをしていたミーくんがバタバタと暴れ出した。


「あ、悪い悪い、ミーくん」


 そっちも重要だが今はそれどころではない、ちゃんと仕事をしなくては。

 だが今度はミーくんの相手をしようとした時、スマホが電話の着信を知らせた。


 画面を見ればミーくんの親だった。急な事態だろうか。


「悪い飛鳥さん、ちょっとだけ抱っこしてて」


「な、お、おい」


 半ば強引に飛鳥にミーくんを託す。もちろん飛鳥は躊躇したが受け取らなければいけないと思ってくれたようで。おずおずとミーくんの両脇を抱え、膝の上に乗せた。グレーでチェック模様の膝掛け上が心地いいのか、ミーくんはそこが当然の席であるかのように、ちょこんとおとなしく座っている。

 その様子を見届けてから大翔は着信に出た。


「もしもーし、猫の手の桜井です」


 電話の相手はミーくんのパパだった。その知らせはもちろん。


「……おぉ、やった! やりましたね!」


 電話に向かって大翔は叫んだ。そんな自分の様子で何があったかを飛鳥も察したらしく、膝の上にいたミーくんに「よかったな」と小さく話しかけているのが聞こえた。

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