第14話 普通じゃない兄弟
目の前には大きなハンバーガーが白いプレート皿の上に鎮座している。食欲そそる少しこげた肉の匂いとふんわりしたパンの見た目が最高だ。
「へぇ〜、そんで大翔さんの天職になったわけか。いいなぁ、いい人に出会えて」
隼人はハンバーガーを眺めながら「俺なんかまだ進路決めてないんだよね〜」と、困っているような、そうでもないような感じで言う。
「まだ一年あるんだろ? これからだって。オレだって、このまま今の仕事続けるかなんてわからないしさ」
車の修理費用は給与からちょっとずつ天引きされる予定だが、それも一年も払えば完済できるだろう。その後、自分はどうするのかは、まだわからない。
「えぇー、大翔さん辞めたら、もうウチに来れる人いないじゃん。やだよ、またおばさんが来るのは。おばさんって勉強頑張れとかうるさいじゃん」
それは言えてるなと相槌を打ち、笑い合う。兄貴はあんなだが隼人とは年が近いせいか本当に気兼ねなく話せる。
「大翔さん、ハンバーガー食べちゃおうよ!」
「おう!」
お互いにハンバーガーを両手で慎重に持つ。気をつけなければ、このハンバーガーはすぐに総崩れしてしまう。崩れたら最後、ただのハンバーグとパンになってしまう。
「でもさ、大翔さん、兄貴のことも最初正直ムカついたでしょ?」
肉汁あふれる肉にかぶりつこうとした時、隼人はヘラヘラしながら言った。
あの性悪男、飛鳥のことをムカついたかどうか。それはもちろん――
「……イエスだな、洗濯物ぶちまけてやろうかと思ったぐらいだ」
そう答えると隼人はハンバーガーを持ったまま大笑いだ。
「だって、隼人ならわかるだろ? あの能面みたいなツラ、思わずひょっとこのお面かぶせたくなった、アイツ笑うことないの?」
「あはは、わかるけどさ! そんなハッキリ言うヤツは初めてだよ! あーウケる!」
今ならこうやって笑い話にできるが、最初の頃は気持ちを落ち着かせるのが大変だった。イラ立たなくなったのはわりと最近と言える、慣れるもんだ。
隼人は器用にハンバーガーを片手で持ちながら笑いすぎて出た涙を拭った。
「いや〜ウケたわ。あのさ、俺と兄貴は七つ年が違うんだけど。兄貴って昔からあんな感じなんだよ。人との距離を置いて絶対に踏み込んでこないの、弟の俺に対してもだよ? だから俺だって兄貴が俺の陣地に入らないようにしてあったんだけどさ」
話を聞きながら大翔はハンバーガーにかぶりついた。なるほど、それが部屋の段差の理由か、と思いながら。肉とソースの味がやっぱりうまいと脳を喜ばせている。
「まぁ、兄貴の気持ちもわからなくはないんだよ。生まれた時からあの身体だからね。ひがみたくもなるし、産んだ親のことも恨みたくもなるよね」
穏やかではない隼人の言葉を聞き、大翔のハンバーガーを口に運ぶ手が止まる。
「嫌なことだったら悪い……お前達の親って、いないの?」
隼人は快く質問を受けるように笑い「いるよ、でも今はもういない」と言った。
「五年ぐらい前かなぁ。好きな男ができたから、中学だった俺を置いて出て行っちゃったんだ。ちなみに離婚歴もあってね。俺と兄貴は父親が違う。そんな兄弟なんだ。せめて両親から深い愛でももらっていれば兄貴もあんなにならなかったかもしれないよね」
狩矢兄弟が複雑な家庭にあったと知り、何も言えなくなる。裕福でなくても兄弟が多くて仲もいいウチなんかと比べたら無思慮になるなと思った。
「俺はまだ中学だったからさ、生活をするには身元引受人が必要だった。いなければ施設行き。そんな俺をね、兄貴だって二十歳で色々やりたかっただろうし、ただでさえ自分も大変なくせに、引き取ってくれたんだ」
隼人は、やっとハンバーガーを一口頬張り「うま〜い」と喜びを述べ、セットのコーラを口に含む。その様子はとても幸せそうだ。
けれど幸せばかりではなかった彼と飛鳥の境遇を聞いていると胸が痛くなってくる。
「でも身元を引き受けたからにはね、しっかり養育しなきゃいけなかったんだ。兄貴はあの身体だからやれることには限界もある。なんとか在宅でやれる仕事を見つけて、今では結構上の役職みたいだよ」
だからね、と。隼人は言葉を区切った。
「俺は兄貴に幸せになってもらいたいって思ってる。でも兄貴はあの通り頑固だから、自分のことなんか二の次なんだ。ひたすら仕事をして自分の楽しみなんか放ったらかしでね……だからこそ、大翔さんのことが必要なんだよ」
コーラを口に含みながら隼人の方を見て「オレ?」とたずねるように目を見開く。
隼人はうなずき、ニコッとイケメンスマイルを見せた。
「あそこまで兄貴が誰かを受け入れたのは初めて見た。大翔さんのことは新しいお手伝いさんが来たって話は聞いていたけど。兄貴、大翔さんのことを名前で呼んでいたし、かなり気に入ってると思うよ。俺も今日会ったばかりだけど大翔さんのこと、大好きになっちゃったし」
その言葉にはさすがに顔が熱くなる。ほめられるのは嬉しい、でもほめられ慣れていないから、いつも背中がむず痒くなってしまう。
「オ、オレは仕事をしているだけだってば。対価もらってんだから当たり前のことするだけ」
「でも今まで兄貴に関わってきた人達は対価をもらっても、そこまでズケズケ踏み込んでは――あ、言い方悪いか。大翔さんみたいに真っ直ぐ兄貴を見てはくれなかった。俺のこともね。かわいそうな境遇の子、かわいがらなきゃくらいにしか思ってなかったよ」
「……真っ直ぐ、かなぁ、オレ」
やはり背中がむず痒くなる。
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