第6話 思わぬ救援
ドレイクの強烈な一撃により高く蹴り上げられた彼女は、10歩ほど先の床にたたきつけられた。
「そんな……!」
鎧などを身に着けていないうえ、まだそれほどアビリティの高くないアンバーが、下位とはいえ竜種であるドレイクの攻撃をもろに受けてしまったことに、ラークは絶句する。
間違いなく致命傷であり、へたをすれば即死もあり得た。
「よくも……!」
ラークは姉を蹴飛ばした個体を睨みつけた。
「ギャオーッ!」
「ギィァッ!」
そこへ、さきほど[バリア]によって攻撃を弾かれた2匹のドレイクが追撃を駆けてくる。
「邪魔だっ!」
ラークはまず大口を開けて噛みつこうとする個体に頭突きを喰らわせたあと、もう1匹に後ろ回し蹴りを放った。
ダメージは通らないが、動きを止め、よろけさせる程度の効果はあった。
「おおおおお!」
その一瞬の隙を突いて、姉を蹴飛ばしたドレイクに駆け寄り、組み付いた。
「があああああっ!」
そして[ウィンドスラッシュ]によって刻まれた傷に噛みつき、歯を立てる。
「ギョァッ!?」
突然のことに驚いたドレイクは身をよじり、ラークを振りほどこうと暴れ回った。
「ぐぁっ……!」
ほどなく、ドレイクの身体にしがみついていられなくなったラークが軽く吹っ飛ばされる。
「グッ……ギョ……ゴボ……」
その直後、ドレイクは身体をふらつかせたかと思うと、血を吐いて倒れた。
「へっ、ざまぁみろ……おえぇっ……!」
身体を起こしたラークは、口の周りを血まみれにしながら、ニヤリと笑う。[ウィンドショット]でつけた傷に歯を立て、[ヴェノムファング]で猛毒を送り込んだのだ。
「ギャオーッ!」
なんとか上体を起こしたところに、先ほどの2匹が襲いかかってくる。
「ギャオォーッ!」
さらに数匹のドレイクが、落とし穴を飛び越えて迫ってきた。
「くそっ……!」
ラークは覚悟を決めつつ立ち上がり、せめてもの抵抗にと低く身構える。
「ラーク、走れ!」
そこへ、聞き覚えのある声が響いた。
それと同時に、迫り来るドレイクの動きが鈍る。
「うおぁーっ!」
状況を飲み込めないまま、ラークはとにかく姉のいるほうへと走り出し、顔を上げる。
「エドモン!?」
そこには姉を庇うように立つエドモンがいた。
「どうして!?」
「たまたまだよ! そんなことより逃げよう、長くはもたない」
振り返ると、5匹のドレイクがのろのろとした動きながらもこちらに迫っていた。
「あれは、エドモンが?」
「ああ、
得意げにそう言ったあと、少し申し訳なさそうな表情で視線を落とす。
「でも、すまない。回復は苦手なんだ」
視線の先には、血を吐いて倒れたままのアンバーがいた。
「姉さん!」
近づくと、姉は意識を失っていたが呼吸は落ち着いていることがわかった。
「応急処置程度だ。抱えて走れるかい?」
「ああ、もちろん!」
「なら先にいくんだ!」
「でも!」
姉を抱えたラークが目を向けると、エドモンはふっと微笑む。
「大丈夫、ボクもすぐにいくから」
「……わかった!」
アンバーを抱え上げたラークは、走り始めた。
そしてそれほど間を開けず、エドモンもあとに続く。
「さて、逃げ切れるかな」
ほどなく身軽なエドモンが追いついてきた。
それと同時に、ドタドタという足音が少し離れた場所から聞こえ始める。
どうやら妨害魔法の効果が切れたようだ。
「ラーク、道はわかるかい?」
「ああ、まかせろ」
ギャアギャアと喚くドレイクの鳴き声と、騒がしい足音を背後に聞きながら、ラークとエドモンは走り続けた。
「出口までは、どれくらいかな?」
「いまで半分くらいかな」
ドレイクはそれほど足の速い魔物ではない。
だがアンバーを抱えたまま走るラークのペースに合わせているせいで、少しずつ距離が縮まっていく。
何度かトラップを利用して足止めをしているが、それでも逃げ切れるかどうかは微妙だった。
「まいったね。あっちのルートなら、もうとっくに外だろう?」
「まあね」
エドモンのいうあっちのルートとは、例の十字路を東へ向かったほうである。
たしかにあちらのルートならばもう逃げ切れただろうが、あのタイミングで引き返していたら、ドレイクの群れとかちあっていた。
「この先に使えそうなトラップは?」
「もうない。魔力は?」
「あと1回が限度かな」
何度か追いつかれそうになったが、そのたびにエドモンの妨害魔法で動きを鈍らせていた。
それも、そろそろ打ち止めらしい。
「なら、あとは気合いで走るだけだな」
「すまないね、回復魔法が苦手で」
アンバーを回復し、3人で走れれば逃げ切れる可能性は高かった。
だがエドモンいわく、彼女を回復できるだけの魔力が残っていないとのことだった。
「なんの、感謝してるよ」
即死していてもおかしくないダメージだった。
それをこうして抱えて走れるまでに回復してくれたのだ。
それ以上を求めるのは、欲張りすぎだ。
それにこれ以上無理に回復しても、アンバーの生命力がもたないだろう。
「はぁ……はぁ……」
アビリティで強化されているおかげで大人の女性を抱えたままそれなりの速度で走れたが、それもそろそろ限界だった。
腕の感覚はほとんどなくなり、荒い呼吸を続けた喉は焼けるように痛い。
ほんの少し気を抜けば、脚も動かなくなるだろう。
ドレイクの群れはすぐうしろに迫っている。
ちらりと横を見ると、エドモンはまだ少し余裕がありそうだった。
ならばここで姉を託し、自分は足止めをしたほうがいいのかもしれない。
ラークがそんなことを考え始めたとき、前方から足音が聞こえた。
「あれは……?」
ほどなくひとりの冒険者が目に入る。
黒い服に身を包んだ男性だった。彼は鎧を身に着けず、長剣を片手に駆け寄ってくる。
「お前ら、よくがんばった!」
「ジェイクさん!?」
それは現在この街に唯一残っている2級パーティー『黒の道化師』のリーダーであるジェイクだった。
「あとはまかせろ」
ジェイクはラークたちとすれ違うなり、長剣を横薙ぎに振るう。
「ギャッ!?」
「ギュオッ……」
振り返ると、すぐうしろに迫っていたドレイクが2匹、首を落とされていた。
「そらっ!」
それからジェイクが剣を振るたびに、強固な竜鱗を持つドレイクの首が断たれ、胴が裂かれる。
「さすが
隣に立つエドモンが、息を切らせながらも感心したように呟く。
ラークが命懸けでようやく一匹を仕留められたドレイクの群れを、突如現れた2級冒険者はものの数秒で片付けてしまうのだった。
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