第7話 事情聴取

 翌日、ラークとエドモンはギルドマスターに呼び出された。

 アンバーはあのあと魔法で傷を回復させたものの、失われた生命力が大きいため安静にしている。


「災難だったな」


 ギルドマスターの執務室で、ラークとエドモンに向かい合って座るスキンヘッドの男が、そう言った。

 五十がらみの厳つい容貌をもつ彼は、冒険者ギルドパーラメント支部ギルドマスターのチェブランコである。


「ええ、とんだ災難ですよ」


 少し不機嫌な口調で、エドモンはそう返した。


 聞けば斥候をクビにしたばかりの5級パーティーが、誤って北の広間に踏み込んでしまったらしい。

 ラークが見たあの3人である。


 元は5人編成だが、あの時点で2名が命を落としていた。

 あのあとさらに【白魔道士】が1名、逃げ遅れて死んだらしい。


 それでもなんとか『神殿』を抜けたふたりは、入り口を見張っている警備担当に報告。


「まったく、たまたま『神殿』の警備担当が『黒の道化師』でよかったよ」


 報告を受けた『黒の道化師』のメンバーは、引き連れられたドレイクを駆逐しつつ、いくつかのルートに分かれて『神殿』内を駆け回った。


 そのうちのひとりであるジェイクが、ラークたちとうまく合流できたのだった。


「あの通路、立ち入り禁止にしたほうがよくないですか?」

「はぁ……そうだなぁ」


 ラークの言葉に、チェブランコはため息をつきながらも同意する。


「いまは3級以上がかなり少ないしな」


 通常であれば日に数組は北の広間を訪れるのだが、いまはとある事情から3級以上の冒険者があまり町にいない。


 ならば、あの広間自体を封鎖してしまうのもいいと、ギルドマスターもそう考えたようだった。


「ま、なんにせよお前たちが無事でよかったよ。ラークとアンバーを死なせたとあっちゃあ、辺境伯に殺されちまう」

「まさか。冒険者が死ぬのは自己責任ですよ? 父さんもそこで私情を挟むなんてことはないと思います」

「だといいんだがな」


 軽く自分の首を叩いて苦笑したチェブランコが、エドモンに目を向ける。


「それに、お前さんもな。無事でよかった。なにかあったら親父さんに顔向けできねぇからな」

「チェブランコさん」

「おっと」


 窘めるようなエドモンの言葉に、ギルドマスターは肩をすくめた。


「さて、面倒だがこれも決まりだ。もう少し付き合ってくれや」


 それからふたりは、ギルドマスターから昨日の出来事について軽く事情を聞かれたあと、解放された。


「エドモン、本当にありがとう」


 ギルドを出たところで、ラークはあらためて礼を言い、深々と頭を下げた。


「なんの、冒険者として当たり前のことをしただけさ」


 彼はさらりとそう告げ、去っていった。


「……カッコいいな、あいつ」


 ラークはしばらくエドモンの後ろ姿を眺めたあと、ギルドを後にして宿に帰った。


「おかえりなさい」


 宿に戻り、看病のため姉の部屋に入ると、アンバーが身体を起こしていた。


「ちょっと、ダメじゃないか姉さん、ちゃんと休んでなきゃ」

「あら、大丈夫よ。傷は治ってるんだし」


 けろりとした口調でそう言う姉だったが、まだ顔色はよくない。


「傷は回復したけど、生命力はかなり減ってるんだから。寝てなくちゃだめ」

「はいはい」


 ベッド脇に駆け寄ってきた弟にそう言われ、アンバーは諦めたように答えながらベッドに身を預けた。


「それで、どうだったの?」

「別に、ちょっと事情をきかれただけだよ。あと、あの道は封鎖だって」


 ラークはそう答えながら、ベッド脇にある椅子に腰掛ける。


「そう、なら安心ね」


 仰向けになっていたアンバーはもぞもぞと寝返りを打ち、ラークのほうへ身体を向けた。


「じゃあ、あたしが元気になったら、また『神殿』の探索を再開しないとね」


 アンバーは笑顔でそう言ったが、ラークは表情を曇らせて黙ったままだった。


「……ラーク?」


 アンバーは戸惑うように問いかけたが、ラークは彼女を見つめたまま、口を開かない。


「ちょっとラーク、なにか言って――」

「やめよう」

「――えっ?」


 しばらく続いた沈黙に耐えかねて放たれた姉の言葉を、弟が遮る。


「やめるって、なにを?」

「『神殿』の探索。当分は『草原』にしよう」

「ちょっとラーク、なに言って――っ……!」


 慌てて身体を起こしたアンバーだったが、すぐ頭に手を当てて顔をしかめる。目眩を起こしたのだろう。


 ラークは姉の身体に手を添え、身体を倒させた。


「『草原』なんて……いつまで経っても、ランクアップできないじゃない」

「いいよ、のんびりやろう」

「だめよ! 『塔』にいきたいんでしょ? 白銀票冒険者シルバータグになりたいのよね? 聖銀票冒険者ミスリルタグになりたくないの?」

「なりたいよ! いつか聖銀票冒険者ミスリルタグになって、父さんと……みんなと肩をならべて戦いたいよ!」


 ラークは声を荒げてアンバーを見据えたが、すぐに顔を覆ってしまう。


「でも、いやなんだよ……姉さんを危険な目に遭わせるのは……」


 そんな弟の姿に、姉はため息をつき、苦笑した。


「バカね、冒険者になった時点で、覚悟はできてるわよ」


 その言葉にラークもため息をつき、手をおろして顔を上げ、真剣な眼差しで姉を見つめる。


「じゃあ約束してよ、今日みたいな危険なことはしないって」

「ラーク……」

「俺よりも自分の安全を優先するって、約束してくれよ! そうじゃなきゃ、俺……」


 そこで言葉を詰まらせたラークは、軽く俯いた。

 アンバーはそんな弟を見て笑みを消し、口を開く。


「いやよ」

「姉さん!」


 ラークが顔を上げ、声を荒げるが、アンバーは弟の視線や言葉を受け流すように、平然としたままだった。


「アンタに危険が及ぶなら、あたしはまた同じようにアンタを守るわ。何回だってね」

「なんでだよ!? 俺より弱いくせに……!」

「決まってるじゃない、姉だからよ。だから弟を守るの。当然でしょ?」

「そんな決まりなんてないだろ!?」

「知らないわよ、あたしがそう決めたんだから」

「だったら……!」


 そこまで言うと、ラークは立ち上がった。


「やっぱり『神殿』は、なしだよ」


 そう言って、ラークは姉に背を向ける。


「しばらくは『草原』で姉さんの経験を積もう。ちょっと焦りすぎたんだよ」


 彼はそう言い残すと、アンバーの部屋を出た。


 同じ宿にある自室に戻ったラークは、ベッドに身を投げ出した。


「はぁー……」


 寝返りを打ち、仰向けになった彼は大きなため息をついた。


「俺のせいかな……。俺が、わがままを言わなければ……」


 どこを見るでもなくぼんやりと天井を眺めながら、ぼそりと呟く。


 自分のわがままに、姉を付き合わせている。

 そのせいで彼女を危険な目に遭わせてしまったことに、胸が痛んだ。


「戦うことだけがすべてじゃない、か……」


 数年前、母や姉に言われたことを思い出す。

 それは自分を思いやっての言葉だった。


 無理をしているという自覚はあった。


「それでも、俺は……」


 ラークは目を閉じ、過去に思いを馳せるのだった。

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