第5話 危険なトラップ

 オークを倒してしばらく進んだところで、ふたりは十字路にさしかかった。


「ここは……右?」

「直進、もしくは左だね」

「えっと……まっすぐって北よね?」


 自信なさげにアンバーが尋ねると、ラークは小さく首を横に振る。


「いや西だよ」

「んー、ということは……」


 ラークの指摘を受けたアンバーは、ポーチからマップを取り出して拡げた。


「ここ?」

「じゃない、ここ」


 アンバーが指さした箇所を、ラークが訂正する。


「あー、そっか。じゃあここを左に行くと下層への階段があるのね」

「そ。さすがにまだ早いよね」

「そうね。初日に行く場所じゃないわね」


 ラークの言葉に納得しながらアンバーは地図をたたみ、ポーチにしまう。

 そしてふたりは十字路を直進した。


「そういえばさっきのところ右にいくと、なんだか広い場所があったみたいだけど」


 歩きながら、アンバーが問いかける。


「あそこは絶対いっちゃだめなとこだよ」

「なにかあるの?」

「北の広間にはヤバいトラップがあるんだよ」

「ヤバいって、どんなの?」

「ドレイクが20匹ぐらい出てくるの」

「うわぁ……」


 ドレイクとは、下位の竜種である。

 北の広間に出現するのは、大人のヒューマンと同じほどの体高を持つ、二足歩行のトカゲのような魔物だ。


 ドレイクは竜皮しか持たない亜竜と違って、薄いながらも竜鱗を有している。

 そのせいもあって、攻撃が通りづらい。


「しかもあそこに出てくるドレイク、『神殿』レベルの強さじゃないんだよね、悪い意味で」

「つまり、危険ってことね」

「そういうこと」


 青銅票冒険者ブロンズタグの入場が認められる『神殿』だが、そのドレイクは数名の鋼鉄票冒険者スティールタグでなければ勝てないほどの強さを誇る。

 それが20匹以上も出現するため、北の広間に関しては白銀票冒険者シルバータグ以上は行かないようにギルドからも指示が出ていた。


「そんな危ないところ、立ち入り禁止にすればいいのに」

「それが訓練にはもってこいなんだよね。日にひと組かふた組は挑戦してるから、広間を封鎖するわけにもいかないんだよ」

「もしかして、その広間にいったことあるの?」

「俺以外みんなが白銀票冒険者シルバータグになったときにね。あれはしんどかったなぁ」


 当時を思い出しながら、ラークはしみじみと呟く。


「ラーク1匹くらいは倒せたのかしら?」

「無理無理! ウィンドスラッシュでも傷ひとつつかないんだぜ? いまならかすり傷くらいはつけられるかもしれないけど、当時は格闘系の青魔法で牽制したり、走り回って敵の注意を逸らしたりするので精一杯だったよ」

「それは大変だったわね。でも間違って迷い込んじゃったらどうするのよ?」

「辿り着くまでに魔物が出ない長い一本道が続くからね。普通は気づいて引き返すんじゃないかな」

「なるほどね。覚えておくわ」


 そんな話をしながらしばらく歩いたときだった。


「ん?」


 不意に、ラークが足を止める。


「どうしたの?」

「いや、なにか音が」


 そう言ってラークが振り向くと、少し前に通り過ぎた十字路が見えた。


「誰かが走ってる? 2人か、3人……」


 ほどなく、その足音はアンバーの耳にも聞こえるほど近づいてくる。さらに。


「ねぇ、どっち!?」

「左だ!!」


 切羽詰まったような声が聞こえたかと思うと、十字路の北側から3名の男女が現れた。

 装備から【武闘僧】【弓士】【白魔道士】とわかる。


 その3人は、脇目も振らずに十字路を東――ラークたちがいるのとは反対――側に曲がり、駆け去っていった。


「いやな予感がする」

「ええ、あたしも」


 そのすぐあとに、ドタドタという多数の足音が、北側から近づいてくるのがわかった。


「姉さん、走って!」


 ラークは姉の手を取ると、先ほどの3人が向かったのとは反対側、すなわち当初の進行方向である西に向かって駆け出す。


「でも!」

「いいからっ!」


 少し戸惑う様子を見せたアンバーだったが、弟を信じて走り始めた。


「グルォオオオッ!」


 その数秒後に、ドレイクの群れが十字路に現れた。


「やっぱり!」


 軽く振り向いたラークが叫ぶ。

 あのまま引き返していたら、ちょうどかち合っていただろう。


 どうやら先ほどの3人が、広間に踏み込んでしまったようだ。

 そして逃げる際に、ドレイクの群れを引き連れてしまったらしい。


「ギャオーッ!」


 群れの大半は先ほどの3人を追いかけたようだが、一部がラークたちを見つけて迫ってくる。


「ねぇ、どうするの!?」

「遠回りになるけど、こっちからでも外に出られるから!」


 ラークの言葉に、アンバーは小さくだが安堵の表情を浮かべる。

 追ってくるドレイクの足は遅くないが、最初に距離を稼いだためこのままのペースを維持すれば逃げ切れそうだった。

 いざとなれば、支援魔法で速度を上げられる。


 だがラークは、緊張の面持ちを崩さない。


 そしてしばらく走ったところで、少しペースを落とす。


「ラーク?」

「トラップがある。俺に続いて跳んで!」


 そこから少し勢いをつけて数歩走ったところで、ラークがジャンプした。


「ええっ!?」


 驚くアンバーだったが、弟に続いて跳んだ。


「あぅっ……!」


 だが着地に失敗し、足をくじいてしまった。


「姉さん!」

「ぐぅ……だい、じょうぶ……」


 痛む足を押さえて立ち上がろうとするアンバーの背後に、ドレイクが迫っていた。


「ギュォアッ!?」


 だがそのドレイクは、突然現れた落とし穴に落ちてしまう。


「よし、いまのうちに!」

「ギュオァーッ!」


 ラークはアンバーに手を貸して立たせようとしたが、すぐに2匹目のドレイクが落とし穴を飛び越えて迫ってきた。


「このやろっ!」


 それを確認するや、彼は低く構えて敵に向き直り、体当たりを喰らわせる。


「ギャッ……!」


 [チャージ]を受けた個体は、そのまま押し返されて落とし穴に落ちた。


 だがまた別の個体が通路の脇を抜けてアンバーに迫る。


「姉さん!」


 すぐに姉のもとへ向かおうとしたが、さらに2匹のドレイクが、ほぼ同時に落とし穴を飛び越えてきた。


 まだ体勢の整っていないラークは、その2匹をかろうじてかわす。


「ギャォッ!」


 視界の端で、アンバーに突進するドレイクの姿が見えた。


「くそっ、姉さん!」


 そしてその個体は大口を開け、へたり込んだままのアンバーに迫った。


「ギャゥッ!?」


 だがその牙が彼女に届く直前、ドレイクの攻撃は見えない壁にはじき返される。

 間一髪で、アンバーの[バリア]が間に合った。


 だがそれで安心できるわけではない。

 彼女の[バリア]では、ドレイクの強烈な攻撃をそう何度も防げないはずだ。


 そう判断したラークは、姉に迫る個体に身体を向け、両腕を開く。


「くらえっ!」

「ギャッ……!」


 [バリア]に弾かれて体勢を崩したところへ[ウィンドスラッシュ]を受けたドレイクは、バランスを崩してよろけた。

 風の刃を受けた首筋には、さほど深くはないが傷ができている。


「姉さん、いまのうちに回復を!」


 この隙に捻挫を回復できれば、まだ充分逃げられる。

 ラークはそう判断したのだが。


「ラーク!!」


 姉が放つ悲鳴のような叫び。すぐ近くに、さきほどかわした2匹のドレイクが迫っていた。


「しまっ――」


 1匹は大きく口を開け、もう1匹は背を向けている。

 強烈な噛みつきと、尾撃が繰り出されたが、かわす余裕はない。


 しかし次の瞬間、敵の攻撃は見えない壁に阻まれた。


「姉さん!?」


 驚いて目を向けると、姉が自分を見てふっと微笑んでいた。


「ギャオーッ!」


 そのアンバーのもとへ、先ほど[ウィンドスラッシュ]を喰らわせたドレイクが迫る。


「やめろーっ!」


 ――ドンッ!


 ドレイクの後ろ足が、アンバーを勢いよく蹴り飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る