第4話 『神殿』の探索

 ラークとアンバーは『神殿』の通路を歩いていた。


「なにもランクアップ早々こなくてもいいと思うけどなぁ」


 前を歩く弟が、半歩うしろにいる姉に文句を言う。

 アンバーが青銅票冒険者ブロンズタグにランクアップ後、数日の休養を経てふたりはさっそく『神殿』に挑戦したのだった。


「いいじゃない。あたしがもうひとつランクアップすれば、次は念願の『塔』なんだからさ」

「それはそうなんだけど……」


 ラークは不満げに呟きながら、自身の頭を軽くさする。


「俺、やっぱここ好きじゃないな。トラップは多いし、死角も多いし、魔物だって多いし」


 先ほど、曲がり角から現れたリザードマンに強烈な頭突きを喰らい、あわや昏倒しかけたことを、ラークは思い出していた。


「あそこのトラップさえなければ、あんな無様な不意打ちを喰らうなんて、なかったのになぁ」


 通路に仕掛けられたトラップを避けるのに集中していたところ、突如現れた敵に対処できなかったのだ。

「いいじゃない。ラーニングできたんでしょ?」

「それはそうなんだけど……」


 だがそのおかげもあって、ラークは新たな青魔法[ヘッドバット]を習得できた。


「あー、セッターがいればなぁ」


 セッターとは、ラークが以前所属していたパーティーのメンバーである。

 黒装束に身を包んだ鼠獣人の男性で、トラップ解除や索敵など斥候としての能力だけでなく、戦闘もこなせるという優れた冒険者だった。


「そのぶんあたしが頑張るから文句言わない。マップもトラップ位置もしっかり頭に入れてるからさ」


 アンバーはいずれ『神殿』を攻略するときに備えて、事前にマップをギルドで購入し、記憶していたようだ。


「さぁ、あたしについてきなさい!」


 意気揚々と歩く速度を上げるアンバー。


「はい姉さんストップー」


 そんな姉にラークは歩みを止めるよう声をかける。


「なによ?」


 立ち止まったアンバーは振り返り、少し不満げな表情で弟に問いかけた。


「そこ、ちょっと床の色が変わってるところあるでしょ?」

「ん? 言われてみれば、そんなふうに見えなくもないけど……」

「トラップだから」

「えっ? まだしばらくトラップはないはずよね……?」

「なに言ってんの、それは目印代わりの毒霧ポイズンミストじゃんか」


 床に設置されたスイッチを踏むと、壁から毒霧が噴射されるというトラップだった。


「……ちなみにどれくらいの威力なの?」

「んー、いまの俺だったらちょっとクラクラするくらいかな。半日も歩けば治ると思う」

「なーんだ」

「でも姉さんなら即昏倒。ヘタをすれば死んじゃうかもね」

「うそ!?」

「だって姉さん、俺よりだいぶアビリティ低いでしょ?」

「まぁ、たしかに……」


 ジョブの恩恵であるアビリティが上昇すると、常人なら死に至るような毒にも耐えられるようになる。

 だが冒険者になって間もないアンバーはまだジョブに関する経験に乏しいため、弱めのトラップでも大ダメージを喰らうおそれがあるのだ。


 これは早くランクアップをしてしまった弊害とも言えるだろう。


「っていうかさ、いまって北に向かって進んでるのよね?」

「なにいってんの、西だよ」


 迷路のように入り組んでいる『神殿』の通路はすべて直線であり、直角に折れ曲がるか交差している。

 ゆるやかにカーブを描いたり、直角以外の角度に曲がったり交差したりすることが一切なく、そのうえそれらの通路が東西南北に対応していた。


 そのため全体的な構造の把握を優先する者は東西南北、道順を重視する者は前後左右で自分の位置や目的地を把握する。

 ラークは基本的に前後左右派だが、他者と現在位置などを共有する際は東西南北を使用したほうがわかりやすいので、時と場合によって使い分けていた。


「うーん、おかしいわね……」

「いくら頭に地図が入っていても、実際に歩いてみるとよくわからなくなることってあるんだよ。俺だって最初はそうだったし」


 得意げにそう言いながら、ラークは姉の脇を抜けて通路を進む。


「ほら、俺のあとについてきて。そこ、踏まないようにね」

「はいはい。頼りにしてるわよ、鋼鉄票冒険者スティールタグさん」


 アンバーは色違いの床に気をつけながら、弟のあとに続いて歩き始めた。



「む、前のほうからなにかくるね」

「そう? ぜんぜん見えないけど」

「足音が聞こえる。オークかな」

「アンタって耳いいのね」

「感覚強化のじゅもんを使ってるからね」


 この世界には、魔法の他に呪文というものが存在する。


 魔法とは、ラークの使う〈青魔法〉やアンバーの使う〈白魔法〉のように、ジョブの恩恵によって発現できるものを指す言葉だ。


 対して呪文とは、ジョブの恩恵なしに魔法のような現象を起こすために研究、開発された技術である。

 実際のところ、魔法のように劇的な効果を発揮できる呪文はほとんどないが、ジョブに関係なく使用できるという利点があった。


 ただし、呪文を使うためには高度な教育と厳しい訓練、そしてなにより高い適性や才能が必要なため、使える者はごくわずかである。


 大昔にはまじないのもんごんを唱えたり、特殊な巻物や札に書いたりしていたが、研究が進んだことで簡略化に成功し、いまは詠唱や筆記なしに使えるようになっている。

 ただ昔の名残から、いまなお呪文と呼ばれていた。


「へぇ。その呪文って、どういうタイミングに使うの? なんとなく気になったときとか?」

「タイミングもなにも、ダンジョンに潜るときはずっと使ってるけど」


 ラークの答えに、アンバーはポカンと口を開ける。


「ちょっと待って、ずっと? 呪文かけっぱなし?」

「そうだよ。感覚強化くらい、姉さんも使えるよね? 俺より呪文のセンスあったし」

「そりゃ使えるけど、それって普通は秒単位とか、せいぜい2~3分使う程度のものよ? 魔法のことを考えずに使い続けたとしても、あたしじゃ1時間もつかどうか……」

「ふーん」

「ふーん……って、アンタねぇ、そんなの使い続けて大丈夫なの? 魔力残量は?」

「残量もなにも、減ってる感じがしないんだよね。だから全然平気。息をするみたいなもんだよ」

「……それって、昔からそうなの?」

「んー、青魔法をふたつかみっつ覚えたくらいからかなぁ」

「じゃあアビリティの上昇で、魔力消費量より回復量が上回ったのかしらね」

「かもね。まぁ、ジョブを授かった直後あたりでも、呪文のひとつやふたつ一日中使い続けても魔力が空になる、なんてことはなかったけど」

「アンタって昔から保有魔力量だけは桁違いに多かったもんねぇ」

「そうなんだよなぁ……」


 保有魔力量が多かったという姉の言葉に、ラークは少し肩を落とす。


「だから俺、青魔道士になっちゃったのかなぁ」


 【青魔道士】はみな、保有魔力量が多いと言われている。

 そしてジョブは、その人物に見合ったものが授けられるとも言われていた。


 ラークは生まれながらに保有魔力量が多いから【青魔道士】になったのか、それとも【青魔道士】に高い適性があったから保有魔力量が多いのか。


 それはだれにもわからないことだった。


「ほら、しゃきっとなさい。さすがにあたしにも見えてきたわよ」


 前方に敵の姿を確認した姉は、そう言って弟の尻を叩く。


「あー、うん。やっぱりオークだね」


 豚の頭を持った人型の魔物が2匹、待ち構えていた。

 ラークの倍とまではいかないが、ふた回り以上大きな巨体を誇る魔物は、2匹並んだだけで通路をほぼ塞いでいた。


 先に進むためには、倒すしかない。


「じゃあ、サクッと倒してくるよ」


 気楽な様子で、ラークが告げる。


支援バフは?」

「いらない」


 言い終えるが早いか、ラークは駆けだした。


「ブフォーッ!」


 それに一瞬遅れて、片方のオークが突進してくる。


「おりゃー!」


 互いを間合いに捉えた瞬間、ラークとオークはまったく同じタイミングで身をかがめ、低い姿勢のままぶつかり合う。


「ブギョァアーッ……!」


 激突の直後、体重でいえばラークの数倍はあろうかというオークの巨体が、後方に大きく吹っ飛ばされた。


「どうだ、自分の技を食らった感想は」


 軽々と舞上げられたオークの姿を見ながら、ラークが得意げに呟く。


 彼が敵に喰らわせたのはただの体当たりではない。

 [チャージ]という、まさにオークからラーニングした青魔法だった。


「んじゃもう1匹」


 仲間があっさりとやられたことに呆然とするもう片方の個体に向け、ラークは素早く踏み込む。


「せっかくだ、新しいのを試させてもらうよ!」

「フゴッ!?」


 突如接近してきた敵に戸惑うオークを前に、ラークは軽くジャンプして背を反らす。


「ふんぬっ!」


 そして相手が体勢を整えるより先に、強烈な頭突きをお見舞いした。


「ブギュッ……」


 金属と皮を合わせたような兜を被っていたオークだったが、その兜ごと頭をへこまされる。


「よっと」


 ラークが着地するのと同時に、頭を潰されたオークは地面に倒れて消滅した。


「ブゴホッ……!」


 その直後、最初に[チャージ]を喰らった個体も、大きく血を吐き出したあとに消え去った。


「アンタって、すごい石頭だったのねー」


 勝利を見届けたアンバーは、感心したように言いながらドロップアイテムを拾い始めた。


「いやそんなんじゃないから。あれも立派な青魔法だからね」

「あー、さっきリザードマンに頭突き喰らって覚えたヤツね」

「そう」


 ドロップアイテムをポーチに入れ終えたアンバーが、ラークの前に立つ。


「じゃあ全然痛くないの」


 彼女はそういいながら、少し心配そうに弟の頭を撫で始めた。


「全然……ってかやめてよ」


 ラークは平然と答えたあと、恥ずかしそうに言って身をよじり、姉の手をかわす。


「あっ、ちょっと。人がせっかく心配してあげてるのに……」

「心配ご無用」


 姉の手をかわしたラークはそのまま彼女の脇を抜け、壁の前に立つと、軽く腰を落とした。


「見てて」


 姉を一瞥してそう告げた彼は、壁に向かって構え、そのまま正拳突きを放った。


「ちょ、ラーク……!」


 ドンッ! と周囲が震えるような衝撃音が辺りに響き、思わず声をあげたアンバーだったが、ラークは気にした様子もなく構えをといて姉に拳を見せる。


「ほら、かすり傷ひとつない」

「あら、ほんとね」


 弟の綺麗な拳をまじまじと見ながら、姉は感心したように呟いた。


「格闘技に見えても、魔法は魔法だからね」


 魔法とは、ジョブがもたらす奇跡である。


 それはときに、世界のことわりをも超越するのだ。


「それって全然感覚はないの?」

「そんなことはないよ。殴ったっていう感覚はある。でも衝撃は返ってこないって感じかな」

「じゃあさっきの体当たりや頭突きもそうなんだ」

「だね」

「ほかには?」

「体術系だとコボルトキックってのがあるね」


 ラークはそう言いながら、なにもない場所に後ろ回し蹴りを放った。


「それってもしかして、体術よりすごいんじゃない?」

「どうだろ。青魔法は決まったモーションが必要だし、連続で出せないからなぁ」


 たとえばレッサーワイバーンを倒した[ウィンドスラッシュ]は、必ず両腕を大きく拡げた状態から羽ばたくように素早く振るう、という動きが必須となる。


 格闘系の青魔法も、決まった構えから動く必要があるうえ、放ったあと少なくともひと呼吸の間が必要だった。


 体術のように自由な動きで素早く攻撃を繰り出し、ラッシュを決めるというふうにはいかないのだ。


「いいことづくしってわけじゃないか、さすがに」

「そういうこと」


 ひとまず戦闘を終えたふたりは、ふたたび通路を歩き始めた。

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