君だけの猫になりたい

尾岡れき@猫部

君だけの猫になりたい

 ちょっと羨ましかった。


 彼と同居している白猫君。牡猫の同居人は、いつも彼の膝を独占する。ずっと一緒にいるんだから、今は私に独占させてくれても良いのに。猫の甘える素振りを見ながら、私はついそう思ってしまう。


 彼の膝の上で、あの子はゴロゴロと喉を鳴らす。

 と、私と目があった。すぐに譲ってやるから少し待てと言わんばかりに。


(いいなぁ)


 猫に嫉妬するのもどうかと思うけれど。付き合い出した頃のように、素直に甘えられない自分がいるのだ。だから、余計に羨ましいと思ってしまう。


 猫になれたら。


 そうしたら、もっと彼に甘えることができるんだろうか。


 彼の膝の上に乗るあの子を尻目に。

 私はソファーの背にもたれかかって、目を閉じた。

 猫になれたら――。


 

🐈



 ――それならちょっと、猫になってみたら良いよ。

 そんな囁きが聞こえてきた。



🐈



 目を醒ますと、私はふゆ君の腕に包まれ、抱き上げられた。


(へ?)

 唖然とする。


「ゆき」

 そう名前を呼ばれた。首もとを指で優しく撫でられ、自然と私の喉がゴロゴロと鳴――る?


「ご飯にしよう」

 ふゆ君が囁く。


 お皿にカラカラとドライフードを入れていく。

 (え?)

 思わず体が強張った。


 確かにルルちゃんのことが羨ましいと思ってたけれど。私へのあからさまな猫扱い、ちょっとひどいと思う。


「今のお嬢は”猫”だからね」


 隣でそう白猫は囁いた。彼は喉を鳴らして、それから食事にありついた。私は手をのばす感覚で――前肢をのばす。真っ白い足が自分のもだと信じられず目をパチクリさせた。


「お待たせ」


 と声をかける方を見る。明らかに、私じゃない誰かへ向けて、ふゆ君は声をかけていた。


「大丈夫よ。大事な家族だもん」


 知らない女性が座っていた。私からは、その顔が見えない。


「うん。猫がいるから、君に我慢させているから、本当に悪いと思っているよ」

「大丈夫だって。どうしても旅行に行きたい時は。ペット専用のホテルを利用したら良いワケだし。でも猫って家につくからストレスよね? できれば猫ちゃん達が負担にならないようにしたいかな」


 似たようなセリフをこの前、私が言った気がした。

 頭が混乱する。


 ――誰なの、この人?


 一生懸命、声を出そうと思うのに、出る声は「にゃーにゃー」とそんな声ばかり。


「……大丈夫だよ、今すぐドコかに遊びに行こうとか、考えていないから」


 違う、違うの。

 私は首を横に振る。


 その席でふゆ君と食事をするの、私だから。


 ふゆ君とお話をして。他愛もないことで笑って。一緒に買物をしたり、料理をしたり。相談して、一緒に悩んで。二人で答えを出して。そこは私の場所だから。


 だれなの?

 貴方は誰なの?


 私の場所を奪わないで。ふゆ君の隣を。一番近くで言葉を交わすの、全部私なんだから――。


 くるっと、あの子が振り返る。

 クスッと微笑んだその顔は。


 ルルちゃんだった――。




🐈





 ざらっとした感触で目が醒めた。朦朧とした意識のなか、思わず手をのばす。温かい存在に触れて、私は無意識にすり寄ってしまっていた。


「ゆ、ゆき……くすぐったいから」


 ふゆ君の声が聞こえる。うっすらと目を開ければ、冬君がいて。前肢――じゃなくて。私の手を白猫のルルちゃんが、その舌で舐めてた。思わずビクンと体が震えて、覚醒してしまう。


「なんか、久しぶりだね。ゆきにそうやって、甘えられるの」


 ふゆ君の声がくすぐったい。でも遠慮なく、彼の首に私は抱きついていく。


「猫がもう一匹増えたみたいだね」


 ふゆ君がクスクス笑いながら、私の髪を撫でる。ルルちゃんにブラッシングをする時より優しく。思わず私は目を細めた。見れば、ルルちゃんが大きくアクビをしている。


 ――飼い猫は飼い猫なりに大変なんだからさ。変に気持ちを拗らせるより、素直に甘えた方が良いんじゃない?


 そうルルちゃんに言われた気がした。


 彼は鳴きもしない。ただ微動だにせず私を見やるばかり。


 甘えるのが恥ずかしくなったのはいつからだったんだろう。


 素直になれなくて。

 初々しい気持ちなんて、もう枯れてしまったと思っていたのに。


 こうやってふゆ君に抱きしめられたら、結局何も変わっていなくて。


 変わってしまったのは、大人な素振りを身に着けてしまった私の方なのかもしれない。

 と、ふゆ君が私の目の前でふんわりと笑む。


「ごめん、ゆき」

「え?」

「……なんか、照れくさくて。前はできていたことが、自分から踏み込めなくなっていたんだけどさ。ゆきが傍にいてくれるってだけで。それだけで嬉しい」

「う、うん……。わ、私も!」


 ふゆ君の胸に顔を埋めて。外を歩いて、手を繋ぐことすら恥ずかしくなっていたのに。ただルルちゃんが、ふゆ君の膝の上に乗ることが羨ましくてしかたなかったのに。今、こうしてすり寄るように距離を埋めることが嬉しくて仕方なかった。



🐈



  ――やっぱり、あいつも猫になってみたら良いと思うんだよね。

  そんな囁きが聞こえた。




🐈



 朝、ベッドの上で微睡む。

 ふゆ君の温もりが感じれなくて、手をのばしてつい探してしまう。


「ふ、ふゆ君……?」

 ざらっとした感触が、それぞれ私の頬を舐めた。


(へ?)


 目をパチクリさせる。白猫はルルちゃん。でももう一匹、知らない黒猫が私の頬を舐めた。


「おあー」

「にー」


 特に黒猫が、甘えるように私にすり寄ってきた。

 あなただけの猫になりたい。そう思ってくれていたのは、私だけじゃなかったみたい。


 もう難しいことを考えるの、ヤメにする。

 今は――この夢が醒めてしまう前に、ただひたすらあなたを抱きしめたいと思う。




 だって、あなたは私だけの猫だから。

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