第112話 陽向とトキとミチル(7)
トキとミチルが陽向を見る。陽向はフワフワと外に逃げていく御霊を眺めている。
『トキ、仕方がありません。こうなれば、叱りを受けましょう』
『受けるのはいい。覚悟はできている。だが、あの御霊が心配だ。何かあればユウナミ様も悲しむであろう』
『そうですね。しかし、私たちはここを出ることはできません』
トキとミチルが意気消沈しながら、御霊を導いていく。その落ち込んだ重い空気に子供の狛犬までが慌てふためき、小刻みに震える。
『お前に責めはありません。私たちが叱りを受けるから、心配しなくていいですよ』
ミチルが子供の狛犬をなだめるが、トキとミチルを心配してわめきながら辺りをオロオロと歩き回る。
「あれは、みたまなの?」
陽向がミチルに声を掛けた。声を掛けられたミチル以上にトキが驚きの顔をした。
『ミチル、やはりこの子は』
『そうですね……。あなたは私たちが見えているのですか?声が聞こえているのですか?』
ミチルの問いかけに陽向は笑顔で頷いた。その笑顔にトキとミチルの動きが再び止まった。驚きを通り越し、戦慄が走る。
『トキよ、このようなことはあり得ません。今まで私たちの気配を感じる人はいました。ですが、ただの人でありながら私たちを見、声を聞く事ができるという者に会ったことがありません』
『ああ、そうだ。この子は人なのか、それとも』
『トキ、それ以上言っては駄目です。ここはユウナミ様の社です。あらぬ
トキは「うっ」と言葉を噛みしめて陽向を睨んだ。
(この者は、人成らざるものなのか。ならば、いずれ)
陽向はトキの鋭い眼光に首を
「あれ、はなれようとしてる」
陽向の言葉にトキは、「あっ!」と慌てて飛び上がると離れようとする御霊を導いていく。間一髪で過ちを回避できたことに安心して、フーッと息をつく。目まぐるしく表情が変わるトキを見て、陽向はニコニコ笑っている。
「さっきの、みたまを連れてきたら、しかられない?」
陽向がトキに声を掛ける。
トキがミチルに確認するとミチルは頷いた。
『お前、あの御霊を連れ戻せるのか』
「わからないけど。追いかけたらつかまえられるかもしれない」
トキが陽向に詰めよる。陽向は笑顔のまま固まっていた。
『トキ。そのように問いつめてはいけません。怖がらせてしまいます』
『ああ、すまん』
トキがゆっくりと下がっていくと、陽向も固まった笑顔が緩んでいく。
『怖がらせて、ごめんなさい。私はミチル。そして、このものがトキです。言葉は荒いですが、心優しき勇気ある者です。いま、飛び出していった御霊は、はやく連れ戻さないと悪い者に食べられてしまいます。それ故、つい、あのように詰めてしまいました。本当にごめんなさい。早く追いかけたいのですが、私たちは、ここを出ることができません。できるのであれば、連れ戻してもらえますか』
ミチルが藁にすがる思いでお願いをすると、陽向は大きく頷いた。
『だいじょうぶだよ。いってきます』
陽向は頼りがいのある笑顔を見せた。それは子供の無邪気な笑顔ではなく、揺らぐ心をしっかりと安定させるような大きな光を放つ笑顔であった。トキとミチルもその笑顔に思わず縋り見つめる。
陽向はトキとミチルに手を振りながら鳥居をくぐると、駆けだしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます