第97話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(15)

 あたりは濃い霧に包まれた。光が静まる世界がさらに深く濃くなっていく。その中にいくつもの影が現れていった。みなもの影が。


(それで、姿を隠したつもりなの。幻覚など通用しないわよ。やはり幼い。それなら)


 桃瑚売命は地面か桃珊瑚を出現させた。

 珊瑚はたちまち大きくなり、枝を無数に伸ばしていくと、次々に影を突き刺していく。


「逃げられはしないよ。その枝は無数に分かれ、どこまでも追いかけていく」


(枝に串刺しにされるのを待つか。枝を攻撃するか。攻撃しようものなら、自ら居場所を教えるようなもの。そのときは水面の神、お前の最後だ)


 枝が突き刺さった影は次々に消えていく。影が消えては次の影が現れる。枝は、絶えることなく伸びていき影を次々に刺していく。その中に一つ重く手応えのある影があった。


「そこね!」

 

 桃瑚売命が手応えのあった影をめがけ、地面を蹴り宙に駆け上がると一気に攻めた。完全に捉えたその姿めがけて拳を突き出す。

 グニャリとした感触が腕から頭へと伝わる。


「⁉……なによ」

 

 仕留めた影に虚無を感じた。


(これは、木偶!)


 桃瑚売命が拳に捉えたのは水人形であった。水人形はそのまま崩れ水しぶきとなった。他の影が一斉に消えていく。


(まずい。水面の神は!)


 桃瑚売命の瞳が高性能レーダーのように索敵をする。


「そこ!」


 瞬時に敵を見つけた先は、自分の足下であった。みなもは桃瑚売命の真下に立ち、くろがねの弓を構え立っていた。水色に透き通る瞳が狙いを定めている。桃瑚売命の目にその姿が焼き付いた。桃瑚売命がその姿を認めたのが合図であるかのようにみなもは、水色に輝く矢を放つ。


(なに!)


 身を翻し矢をかわす。矢は桃瑚売命の側をかすめて突き上がると、天へと昇り、青い光を放って雨粒のように無数の矢となって降り注いできた。


「この程度」


 桃瑚売命が自分に降り注ぐ矢を全て払いのけていく。みなもはその隙に瞳を輝かせ、桃瑚売命に本命の矢を放った。


 桃瑚売命もみなもの動きを見逃さなかった。

 矢が放たれると同時に素早く太刀を抜き、命中する寸前に矢を切り払う。矢は真っ二つに切られると、飛び散っていく。その破片の隙間から大きな瞳が、みなもを睨みつけた。


(戦いが苦手だと!どの口が言うの。戦い方は確かに幼い。が、それでも並の神ならとっくに仕留められているところ。そうだ、そうよね。この柱は水波野菜乃女神みずはのなのめかみの妹。アマネスの弓を持つアサナミの神。その子である水波野菜乃女神は弓の使い手。水波野菜乃女神が放った矢はけして外れることはないと言われている。この柱、妹とはいえ水波野菜乃女神なのよ)


 みなもは、そのまま次の矢を放った。


(そうくるか)


 桃瑚売命の顔に一瞬、笑みが浮かぶ。太刀を弓に持ち替えると、放たれた矢に打ち込んだ。


 桃色の矢と鉄の矢が相まみえていく。

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