第86話 赤珊瑚と桃珊瑚の見た思い(4)

 ユウナミの神を守る随身門の二柱が三人の前に姿を現している。門の先の参道が見えなくなっているのは、「ここから先、通しはしない」という二柱の意志である。


「そこの人、ここから先に行くことはできない。帰られよ」


 桃瑚売命が桃色の瞳で見つめる。その瞳はまさに門守の神。全てを制止する力強い色を放っていた。


「帰ることはできません」


 真奈美が桃瑚売命の瞳を見つめ返し答える。


「私はユウナミの神に会うためにここに来ました。琴美の御霊を返してもらうために来たのです」

「この社に迎えられた御霊は、二度と戻ることはない。琴美の御霊を取り返すなど、それはユウナミの神に災いを招くもの。それが私には見える」


 真奈美の言葉に赤瑚売命が答えた。


「災いを招くとは」


 陽向が問いかける。


 二柱は陽向を押し返すほどに力ある眼差しを向ける。


「琴美の御霊が戻れば、いずれ大きく深い闇が動く。お前達は、ここに来るまでにそれを感じたのではないか」

「それは邪鬼のことでしょうか」

「邪鬼はその闇に誘われただけにすぎぬ。その奥にはユウナミの神をも巻き込む災いの炎がある。それが見えていながら、何もせぬ門守などおらぬ」


 赤瑚売命が弓を手にして、戻るよう指し示す。


「待ってください。琴美の御霊が戻ることで、どうして災いが起こるのですか?」


 真奈美は意味が分からず、会話に割って入った。触れられたくないところを突かれ、実菜穂と陽向が眉をひそめた。その瞬間、二柱の瞳は全てを見通した。


「真奈美、お前はまだ知らないのであろう。それなら知らない方がよい」


 赤瑚売命の言葉が三人の胸に突き刺さる。


 シーンとした白い時間の後に、真奈美の目が変わった。


「何があるのですか。教えてください」

「知ることは容易。どうしても知りたいのなら、そこの二人に聞くがよい」


 真奈美の視線に二人は、身を引き裂さかれるような痛さを感じた。だが、次の瞬間、二人の気持ちは一致し、お互いに頷いた。


「真奈美さん、落ち着いて聞いてください」


 陽向が優しいながらも厚みのある声で話すと、真奈美はスッと手を差しだし制止した。


「いいえ、必要ないです。それを知って引き返すくらいなら、私は知らない方がいい。だから私はここを通ります」


 真奈美が二柱の前を進んで行く。そのとき、再び胸ポケットにある九つ葉のクローバーが光り、真奈美はポーチを落とした。何気に拾い上げると、東門仙の封書があることを思い出した。クローバーの光りが、封書へと真奈美を導く。二柱もその光りを見つめていた。


 真奈美は封書を取り出すと、願いを込めて見つめた。封書は白く輝いている。不思議なことに封書を見つめていると、琴美の今までのことが頭の中に次々と浮かんできた。二人が引き裂かれてから、死神の瞳を見つめるときまで・・・・・・

 

 全てが真奈美の頭の中に描かれていった。


 何度も封書を見ているのに初めての出来事である。


(そうなの。・・・・・・それでも私は行く)


 真奈美はしっかりとした手つきで赤瑚売命に封書を差しだした。

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