第81話 泣いているんだね。もういいんだよ(5)
何も答えぬアワ蜘蛛に死神は大鎌を振りかざした。アワ蜘蛛は身構え、足をぐっと曲げると攻撃態勢をとった。
「待って!死神」
実菜穂は死神の袴の袖を引っ張った。死神が動きを止めた。
「何のつもりだ」
感情のない瞳が実菜穂を捉える。
「真奈美さん。早く鳥居に入ってください。今のうちに」
実菜穂は、真奈美に声を強くして訴えた。実菜穂の必死な声に、真奈美は素直に鳥居の中に足を踏み入れる。それを確認すると死神とアワ蜘蛛に視線を移した。
「これでもう戦う理由はなくなりました。真奈美さんは鳥居の中です。何者も手出しはできません。蜘蛛の目的もなくなりました。攻撃はしないはずです」
実菜穂は、アワ蜘蛛の瞳の色に敵意がないことを感じていた。
「なぜそう思う」
「なぜ?分かりません」
「えっ?」
死神は、感情がない瞳に微かな好奇の色を浮かべて実菜穂を見た。
実菜穂自身、確かに「なぜ?」と聞かれても分からない。分からないけどそう感じてならなかった。アワ蜘蛛の瞳、それが全てを語っているのだと。ただそう感じるだけであった。根拠などない。あるとすれば、自分が感じたことが全てであって、そう感じたことが答えなのだと心に整理がついた。
「死神は、蜘蛛が何かの命令で動いていることを知っている。だとすれば、蜘蛛はもう戦う理由をなくしました。蜘蛛自身も戦う気はなかったと思います」
「だから、なぜそう思う」
「私も鈍かったです。少し考えれば、分かります。蜘蛛が本気で襲うのなら最初からあの針を飛ばしていたはずです。なのに糸でたぐり寄せたり、絡めたりと手間のかかることをなぜしたの?まるで誰かが、そう、死神が助けにくるのを待つように。たぶん、こうなることは蜘蛛自身、分かっていた。いや、望んでいた」
実菜穂は、アワ蜘蛛の瞳をのぞき込んだ。瞳は黒く光っている。それが涙であることが実菜穂には分かった。
「泣いているんだね。もういいんだよ。あなたの主のもとに帰るといいよ」
実菜穂は優しく笑った。みなもを初めて見つけた時のように、手を差し伸べるような優しさを纏い笑っていた。
「死神、ありがとうございます。これで、三回も助けられました」
「何のことだ」
死神は再び感情のない目で実菜穂を見た。
「琴美ちゃんは必ず連れ戻します。たとえそれが、何者かの手段だとしても」
「人の御霊を取り戻すのが手段だと?」
「はい。それでも私は行きます。それが、みなもの願い。私の強い思いですから」
「その先に待つものが何かも分からずにか」
「分からずでもです」
「どうしてそう言い切る」
「死神は人を助ける神だからです」
その言葉に死神の表情がほんのわずか緩んだ。
「どこまで……おせっかい……かみ」
実菜穂の瞳が薄く青色に輝く。その瞳の色を死神は紫色の瞳で受け取ると、なにやら呟きながらスッと姿を消した。アワ蜘蛛の姿もいつの間にか消えていた。
「おーい。お待たせ。どうしたの実菜穂ちゃん、そんなに泥だらけで」
陽向が声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます