第76話 この子は!(8)
陽向は紅い瞳でジバを睨む。その体は小刻みに震えていた。
「なーんだ。やっぱり、ただの人じゃないね。そうか、やっぱり先に片づけておくことにしよう。いいのかあ、この御霊を喰らっても。キミの御霊を差し出しなよ」
ジバは果奈の御霊を噛み砕こうとした。
「もういい」
「なんだって……」
陽向の声が夜の世界に響いていく。
「もう、お前の戯れ言は聞き飽きた。これから先は、私もどうなるか分からない。もう……もう、抑えるのも限界だから」
陽向が剣を構えた。今まで重たそうに振り回していたのが信じられないほど軽々と持ち上げる。くすんだ剣が光りを取り戻していく。
閃光が走った。
(あれは人の動きではない)
夜神は目を開いてその閃光の正体を見た。
「なんだあ。なあんにも起きてないよ。単なる格好だけかい」
ジバは閃光が何の効果もないことを笑った。
「もういいの。御霊は返してもらったから」
陽向の目には笑みはなく、手には二つの御霊を持っていた。ジバの右腕とともに。
御霊を大切に胸の守りに添えると陽向はジバの右腕を地面に落とし、踏みつけた。右腕はグシャリと潰れ火の粉となり消え失せた。
アアアーーーーーーッ!
ジバが悲痛な叫び声をあげる。
陽向の瞳が怒りの色を帯びていく。
「ジバっだっけ。あなたでも痛みを感じるんだ。そうなんだ。なら、苦しめ!」
陽向の言葉と共に辺りに劫火が走る。一面が火の海となっていく。
「許さねえ。あいつを八つ裂きにしろ」
ジバの命令に邪鬼たちが一斉に陽向に襲いかかる。正面から来た数十もの邪鬼は、陽向の一振りで剣が触れぬとも首が切り離されてしまった。その後は跡形もなく燃えていく。すでに炎はこの世界を埋め尽くしていた。何もしなくとも邪鬼たちは焼かれていった。
(これが、カムナ=ニギの剣の力。少しでも油断すると光を漏らしてしまいそう。神々しい光。これほどの力を見せながら、まだ完全ではない。それよりも、驚いたのは陽向。神霊同体にもなっていない。巫女でもない。だけどいま、この剣を使っているのは、この子。この子は!この子は、人なのにカムナ=ニギの剣を使っている。ユウナミの神がこれを知れば……抜けぬ訳か……)
夜神は剣を構えている陽向を見つめた。その紅い瞳は、日御乃光乃神の瞳。巫女ではないのに神の力を宿している証であった。
「夜神、この世界を好きにさせていいのか」
ジバが苦し紛れに叫ぶ。すでに炎は陽向の周りを残しジバの目の前まで迫っていた。
「かまいません。私は何も手出しはしないと言いました。事が片づくまでこの世界を解くことはないでしょう。それより、ジバ。あなたは、死神ではないのに生きている人の御霊を刈りました。これは神として見過ごせません。生きて出たければ、事を片づけることね」
夜神はそのまま視線を陽向に移した。
ジバは目を見開くと陽向に向かい飛びかかる。素早い動きであるが、陽向の剣は瞬時のうちにジバの首を貫いていた。ジバの体は炎に焼かれ煙となって消えた。
陽向の瞳から怒りの色が消えていく。荒くなる息遣いを必死で整えながら、涙を流し二つの御霊を優しく握りしめた。
「果奈ちゃん、優斗くん。ごめんなさい」
夜神が陽向の前に降りてきた。
「その御霊、私が預かります。けして悪いようにはしません」
夜神が手を差し出す。
陽向は震える手で御霊を渡すと、夜神は御霊を優しくなでた。
「やはり。二人はまだ生きています。ユウナミの神のところで眠るにはまだ早いようね」
夜神の黒い瞳はさっきまでの険しいものから、安らぎを与える優しい光りを放っていた。
「本当ですか。無事なのですか」
陽向はすがる目で夜神を見た。さっきまでの怒りの瞳から一変した陽向を見て、夜神からも笑みがこぼれた。
「ええ。私も見たいものを見せてもらいました。だから、礼に応えましょう。それに、日御乃光乃神とは馴染みですから」
夜神は御霊を懐に納めると、夜の世界を解いた。
眩しさに陽向は瞬間、目を閉じた。気づいたときには夜神の姿はなく、邪鬼の世界はもとの街並みになっていた。
陽向は力が抜けてその場に崩れそうになったが、気を取り直して立ち上がると鳥居を目指しか駆けていった。
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