第75話 この子は!(7)
陽向が崩れかけた体制から顔を上げた。
「えっ……果奈ちゃん」
『陽向お姉ちゃんここから逃げて』
陽向は声の主を必死で探した。夜の世界にその目、耳、全身の感覚を研ぎ澄ましその光を見つけた。光はジバの掲げた右手首から放たれていた。
「果奈ちゃんなの。ジバ、その手首にあるのは何?」
陽向が鋭くジバを睨む。ジバは陽向の顔を見ると鼻に掛けて笑う。
「これかい。昨日近くの道で狩ったものさ。ここ最近、ここで死ぬ人多かったろう。今の人の世界はおもしろい。ちょっと罠を張ればすぐに御霊が手に入る。新鮮なものが喰えていい。まあ、キミは例外だったけど」
陽向の頭に交通事故の看板が思い浮かぶ。
ジバは笑いながら右手を高く挙げて御霊をウットリと眺めている。御霊は白く二つ光っていた。
「ジバ。もう一つ御霊があるのは?」
「ああ、これかい。本当はこっちの小さな男の御霊を奪うところだったけどね。この子が弟の身代わりになるって、御霊を差し出してきたんだよ。まあ、このとおり二ついただいたけどね」
ジバは右手を振りニヤニヤ笑っている。
(果奈ちゃん……)
果奈の御霊を見る陽向の目から涙が溢れてきた。
「騙したの?その子が。果奈ちゃんがあなたに何をしたの!」
「なーんにも。いや、『自分が代わりに』とか健気なことを言うからねー。話に乗ってやったのさ。優しいだろう」
御霊を眺めながらニヤリと笑い陽向をみる。
「これだから人は本当に面白い。そんな希望を振りまくような光を見せられると、つい引き裂いて喰らいたくなるのさ。そして、絶望を目の当たりにしたときのあの目を見開き叫びそうになる顔を見るのがたまらないねー。ゾクゾクする。そう、今のキミみたいにね。いいねー。その悔しそうな顔」
ジバは満足げに笑い声を響かせている。
「ジバ、その果奈と優斗の御霊を返して」
「はーん。返す訳ないだろう。あー、それともキミの御霊を差し出すかい。キミならこの二つ分より美味そうだ。そうだ。それがいいねー」
ジバが面白がり右腕を振り上げる。御霊の光が弧を描いていた。
(この女もすぐには御霊を狩れるが、絶望した顔が見たい。最高の瞬間だ)
ジバの目が全ての光を吸い込むように開いていく。
『駄目。陽向お姉ちゃん。逃げて』
「うるさい!お前、それ以上邪魔すると砕くぞ」
ジバが苛つき、果奈の御霊を握った。夜神の顔が徐々に険しくなっていく。
「待って」
「うーん。どうした?キミの御霊差し出すのかい?交換しようか」
『逃げて……』
「黙ってろ。いま、良いところだ」
ジバが果奈の御霊を振り回す。苦しげに御霊は光りを曇らせている。
「夜神!」
陽向の力強い叫びが世界を突き抜ける。その声に夜神は陽向を見下ろす。
陽向は俯いたまま夜神に声を掛ける。
「もう一度確認する。けして光は漏れぬな」
「ええ。この世界は何者も出入りすることはできません。光はおろか、たとえそれがアマテの神でも」
夜神は大きな瞳を細めると答えた。
「承知した」
陽向はゆっくりと顔を上げる。その瞳からは燃えるような紅い光が放たれていた。
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