第31話 絶望をしたときに期待されているもの(12)

 秋人の返事を聞いてみなもは、話を続ける。


『お主の気持ち、ありがたいの。それでなさっきお主が申した言葉、憶えておるか』

「手伝えることがあるのですか?」


 戸惑うことなく実菜穂に向かって言った。秋人の目には少しではあるが実菜穂とは違う姿が重なって写り始めていた。


『話が早くて助かるの。秋人、補講が終わった翌日には実菜穂たちはここを発つ。その日のうちに、お主にはこれを琴美の枕元に置いて欲しい』


 実菜穂の手には透き通った水色の短冊が現れ、それを秋人に差し出した。


「これを琴美ちゃんの枕元に置くだけでいいのですか?」


 短冊を手にすると色々な方向から眺めていた。短冊は、光に透かせると、水の波紋が広がるように影ができてまるで生きているように思えた。


『そうじゃ。儂の想像どおりなら、お主は琴美から蝶を見るであろう』

「ちょう……?」

『そうじゃ。チョウチョじゃ。紫色の美しい蝶じゃ。それが見えたら、ここに来て教えて欲しい』

「分かりました。実菜穂が、発ったその日でいいのですね」


 秋人はそう言うと短冊を丁寧にしまい込んだ。実菜穂は、それを見ながら不思議がって聞いた。


(なぜ、私たちが発った後なの?今からでも行けばいいのに)

「それはやめた方がいい。実菜穂が発った後の方が都合いいだろう」


 秋人は即座に答えた。


『さすが秋人じゃのう。実菜穂、お主はあほうか。よいか、お主たちが発つまでは真奈美は琴美の側におろう。そんなところにのこのこ秋人が現れたらどうなる。何事が無くとも秋人はとばっちり食らうぞ。秋人でなくとも実菜穂でも同じじゃ。真奈美の心をわざわざ乱すことはせぬでも良い。儂は確かめたいことがあるだけじゃ。そう慌てることもない』

(なるほど。そうかあ)


 実菜穂は手をポンと叩いて納得した。


『そうじゃ、秋人。お主一人で行くのも何かと気が引けるじゃろう。お主のクラスに詩織という女子がおったの。一緒に行くとよい。後で真奈美の耳に入ったとしても誤解がないであろう』

「分かりました。ところで、蝶が現れたとき見えるのは僕だけですか」

『短冊に触れた人にしか見えぬ。ゆえにお主だけじゃ。他の人には触れさせてはならぬぞ』


 秋人は頷いた。


(詩織さんて、秋人のクラスに行ったときにいた女の子かな?)

「そうだよ。真奈美さんの後輩だと言っていた。確かに都合はいい。お願いしてみるよ」


 そう言いながら秋人は実菜穂に笑って見せた。その顔はワクワクしているような子供の顔だった。実菜穂も心が躍る感じがしていた。とても大切なことなのに、なにか怖じ気づくものを払いのけるほどの期待があった。

 そんなワクワク感に応えるように神社いっぱいに蝉の声が広がっていた。 

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