第26話 絶望をしたときに期待されているもの(7)

 みなもと火の神は、東門仙のところにいた。


「東門仙、お主の言葉が現実となったの。小さき闇が少しずつ大きな闇を迎えようとしておる」

「はい。いっそうのこと『役立たずな戯れ言』と笑い飛ばしてもらえる結果であれば良かったと考えています」


 東門仙は、みなもと火の神に詫びるように言った。


「お主が気にとめることではない。ただ、お主が申しておった、儂らが知っておるものとは死神であろう」

「はい」


 東門仙は二柱に頷いた。


「正直なところ、死神がいったい何をしようとしているのかは、儂には分からぬ。ただ、人の御霊を刈っておきながら、再び元に戻すよう仕組んだことは読めておる。その目的も何となくじゃが、儂も火の神にも想像はついておる。問題は、そのあと……それこそが大きな闇なのであろう」


 みなもは、東門仙に先を確かめるために聞いた。東門仙は、黒き瞳を大きくして答えた。


「大きな闇はそこに繋がります。死神がことを起こすのはその闇と対峙するため。ただ、その理由や闇が何であるか今は分かりませぬ」

「いや、それだけ分かればいまは十分じゃ。ときに、儂と火の神は、その死神が刈った御霊を取り戻そうとしておる。じゃがな、御霊はユウナミの神のもとにある。しかも、いまの儂はこうじゃ。これでは動きようがない。さては道案内もできぬわ」


 みなもは鴇色の紐が巻かれた右腕を見せた。東門仙はそれを見ると、紐に触れて感じ取れるものがないか確かめていた。


「二柱はユウナミの神の加護のもとにおありのようで……とくに日御乃光乃神には強き思い入れがあるようでなによりです」


 東門仙の言葉に火の神は詰め寄ろうとしたが、みなもがすかさず止めた。東門仙の黒い瞳にみなもが青い瞳で応える。


「おお、そうじゃ。この前の話の続きを聞きたいと近いうちに二人が挨拶に来るでな。もてなしてやってくれぬか。あっ、三人であったかのう」


 みなもは笑いながら深く礼をすると、火の神を連れて祠をあとにした。


「火の神よ、お主も分かっておろうに」

「…………」


 東門仙の言葉に一時的にも熱くなってしまった己を恥じて、「すまない」と言いたげな目をしている。みなもは背伸びをして火の神の頬に手をやった。


「そう気を負うことはない。門の神は、門の神じゃ。ちゃんと分かっておる。お主がこの件を一番憂いておるのはよう分かる。じゃが、優しいお主のこと。その覚悟はよいのか」


 その言葉に火の神は深紅に瞳を輝かせ、みなもの手を取った。自らみなもの手に触れるのは初めてのことである。そのように己が行動できるのは、その覚悟のなせるものだと火の神は思った。美しく柔らかい手に触れた瞬間、火の神は自分が本当に守りたいものが何であるのか分かったように思えた。


 みなもは群青色に瞳を輝かせ、火の神と見つめ合った。


「いくときは、一緒じゃ」


 みなもは、いつものように火の神に優しい笑みを向けると、辺りを安らぎの光で包み込んでいく。ただ、火の神は今回ばかりはなぜかその笑みを素直には受とることはできなかった。


(またお前は己だけで背負おうとしておる)


 その思いがいつ燃え上がってもおかしくない火種のように、火の神の中に小さくくすぶっていた。

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