第19話 鴇色の紐(6)
「これは……御霊がない!」
二柱が見たのは、御霊が刈り取られた琴美の姿だった。身体に異常はないが、意識がない理由はこれである。みなもは、琴美の御霊が刈り取られた部分を見ると感心して声を上げた。
「見事じゃのう。こうも見事に一閃のように跡が残ることなく刈り取るとわのう。どおりで、身体は生きている訳じゃ。じゃが、これは生きている間に刈り取らねばこうはなるまい」
みなもは、琴美を見て火の神に問うように言った。
「死神の仕業か」
「そうじゃのう。じゃが、何のためにじゃ。これは、御霊が戻ることを承知でやったとしか思えん。まるで儂らに御霊を取り戻させようとしているような……」
そう言いながら、みなもが琴美の御霊が刈られた部分に優しく触れた。
「火の神……琴美は儂と同じじゃ……そうかあ」
みなもが琴美を見つめて青き涙を一滴流したそのとき、
「離れろ!」
火の神は叫んでみなもの手を払いのけた。
「しまった!」
みなもが叫んだのと同時に部屋が一瞬、夕焼けの赤色に染まると、瞬く間に火の神の右腕に
「やられた!お前は大丈夫か?」
火の神が心配して叫ぶと、みなもは苦々しく笑って同じように紐が巻き付いた右腕を見せた。
「それにしてもなぜだ。お前には術も呪いも効かぬはずであろう?」
火の神は信じられぬという顔をしてみなもの腕を見た。みなもはその紐を青い瞳で見つめると、火の神の言葉に答えた。
「これは、たんなる紐じゃ。力を封じたり、なにかを締めつけたりするものじゃない。ただ、見ているだけじゃ。儂らをじっと見ているだけじゃ。まさに紐をつけられたな」
「俺たちは見張られているということか。これは母ユウナミの紐。なぜだ?」
「ユウナミの神の意志じゃな。それは読み取れる。人の御霊に神が関わるなと言っておる。ユウナミの神は本気じゃ」
「手出し無用ということか。人のことは人の手で取り戻せと。だったら、死神はなぜ」
「そこまでは今は分からん。じゃが、これで見えなかったことも少しじゃが見えてきたぞ。東門仙が申しておったこともな」
みなもは火の神を見てニヤリと笑った。
「お前はこの状況でよく笑えるな」
火の神はみなもの視線を心強く感じるとともに感心していた。
「お主こそこれで笑えぬ方がおかしいぞ。夜が明けていくように少しずつその姿が現れておるのじゃ。見極めてやろうぞ」
「それもそうだな。もう動き出したのだ。引き返すことはできまい」
火の神は乱れそうになっていた思いを抑えて琴美を見た。
「そうとなれば時がおしい。ここにおっても無駄じゃ。火の神、戻ろうぞ」
みなもは光となって消えた。火の神は自分の腕に巻き付いた鴇色の紐を深紅の瞳で見つめると、みなもの後を追って消えた。
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