第19話 鴇色の紐(6)

 夜神よるがみとばりを下ろし、月の神がひとしずくの明かりをこぼした頃、琴美は病室のベッドにいた。目を閉じてただ息をしているだけの女の子である。みなもと火の神は琴美の病室に入った。火の神が薄く光を放つと酸素マスクをつけ、静かに息をしている琴美の姿が浮かび上がる。二柱が琴美に近づくと驚きの表情でお互いを見合い、言葉同じく叫んだ。


「これは……御霊がない!」


 二柱が見たのは、御霊が刈り取られた琴美の姿だった。身体に異常はないが、意識がない理由はこれである。みなもは、琴美の御霊が刈り取られた部分を見ると感心して声を上げた。


「見事じゃのう。こうも見事に一閃のように跡が残ることなく刈り取るとわのう。どおりで、身体は生きている訳じゃ。じゃが、これは生きている間に刈り取らねばこうはなるまい」


 みなもは、琴美を見て火の神に問うように言った。


「死神の仕業か」

「そうじゃのう。じゃが、何のためにじゃ。これは、御霊が戻ることを承知でやったとしか思えん。まるで儂らに御霊を取り戻させようとしているような……」


 そう言いながら、みなもが琴美の御霊が刈られた部分に優しく触れた。


「火の神……琴美は儂と同じじゃ……そうかあ」


 みなもが琴美を見つめて青き涙を一滴流したそのとき、


「離れろ!」


 火の神は叫んでみなもの手を払いのけた。


「しまった!」


 みなもが叫んだのと同時に部屋が一瞬、夕焼けの赤色に染まると、瞬く間に火の神の右腕に鴇色ときいろの紐がグルグルと幾重にも巻き付いた。


「やられた!お前は大丈夫か?」


 火の神が心配して叫ぶと、みなもは苦々しく笑って同じように紐が巻き付いた右腕を見せた。


「それにしてもなぜだ。お前には術も呪いも効かぬはずであろう?」


 火の神は信じられぬという顔をしてみなもの腕を見た。みなもはその紐を青い瞳で見つめると、火の神の言葉に答えた。


「これは、たんなる紐じゃ。力を封じたり、なにかを締めつけたりするものじゃない。ただ、見ているだけじゃ。儂らをじっと見ているだけじゃ。まさに紐をつけられたな」

「俺たちは見張られているということか。これは母ユウナミの紐。なぜだ?」 

「ユウナミの神の意志じゃな。それは読み取れる。人の御霊に神が関わるなと言っておる。ユウナミの神は本気じゃ」

「手出し無用ということか。人のことは人の手で取り戻せと。だったら、死神はなぜ」

「そこまでは今は分からん。じゃが、これで見えなかったことも少しじゃが見えてきたぞ。東門仙が申しておったこともな」


 みなもは火の神を見てニヤリと笑った。


「お前はこの状況でよく笑えるな」


 火の神はみなもの視線を心強く感じるとともに感心していた。


「お主こそこれで笑えぬ方がおかしいぞ。夜が明けていくように少しずつその姿が現れておるのじゃ。見極めてやろうぞ」

「それもそうだな。もう動き出したのだ。引き返すことはできまい」


 火の神は乱れそうになっていた思いを抑えて琴美を見た。


「そうとなれば時がおしい。ここにおっても無駄じゃ。火の神、戻ろうぞ」


 みなもは光となって消えた。火の神は自分の腕に巻き付いた鴇色の紐を深紅の瞳で見つめると、みなもの後を追って消えた。

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