第11話 年上の妹(5)
真奈美は、詩織に笑みを向けて軽く会釈をした。詩織はそれ以上話せなくなってしまった。
「ちょっといいかな」
真奈美はそう言いうと秋人の返事を聞くまでもなく向かい合って座った。周りにいた生徒は潮が引くように下がっていく。ただ詩織だけは、秋人の側に残っていたので、真奈美はチラリと詩織を見た。真奈美の視線に詩織も仕方ないという感じで秋人から離れていった。秋人は、真奈美から目を離さないで、静かに観察をしていた。服装、髪型、目つきに、仕草、何を伝えに来たのか、情報を断片的にでも拾い集めては整理していった。少なくとも好意的な感情は無いことは十分理解できたし、かといって抗議を受ける理由も思いつかなかった。そもそも、いま初めて顔を見たこの上級生は、なにゆえ自分を知っているのか、そこに秋人は興味を持った。
「どこかでお会いしましたか?」
秋人は、静かな口調で真奈美に聞いた。
「いいえ。私もいま初めて見たわ。金光秋人っていう男子を。一度、見ておきたかったんだ。ふーん、さすが学年で一番の札に名前がある生徒だ。頭が良さそうなだけでなく可愛い顔。女の子にも人気がありそうね」
秋人は真奈美の言葉に安堵した。
(もしかしたら、特進クラスの顔ぶれを見に来ただけなのかも。だったら、順位の札から自分の名前を知っていてもおかしくはない。でも、初めて見るのに自分を名指ししたのはたんなる偶然か)
真奈美は思案している秋人をマジマジと眺めていた。秋人も詰め襟までは閉めてはいないが、真奈美と同じように隙がないよう制服を着こなしていた。この二人が向かい合い会話している姿は、とりわけ特進クラスの代表生徒が深刻な問題について深い議論をしているように見えた。
思案にふける秋人に真奈美は、顔を近づけてきた。
「あなた、実菜穂ちゃんのことどう思ってるの?」
秋人の目つきが変わる。その表情の変化を真奈美は目を細めて見つめていた。
「どう思うと言われると、返答する言葉が多すぎる。ただ、第一には魅力ある人と思います」
秋人は真奈美を見据えて答えた。真奈美は、その答えを聞くとあざとい奴を見るような目を秋人に向けた。
「へー、さすが特進クラスのナンバーワンらしい詰まらない解答ね。私が聞きたいのはそんなことじゃないの。まあ、私の聞き方も悪かったか。はっきり言えば、好きなのか無関心なのかだけど」
「二択ですか。なら僕の答えは、好きです」
秋人が動じることなく答えると、真奈美は笑みを浮かべて秋人の後ろを指さした。秋人が振り向くとそこには扉が思いっきり凹んだ掃除用具入れのロッカーがあった。扉の凹みでいつも半開きであったことから夏休み明けには新しいものと交換する予定だとクラス委員が言っていた。
「あれ、去年の4月はまだ扉は凹んでなかったの。なぜ凹んだのか知ってる?」
真奈美は片手で頬杖をして、秋人を見た。
「知らないですね。新学期からあの状態であること以外は」
秋人は、表情一つ変えずに答えた。ただ、噂はあった。あるときこの教室で男子生徒の大喧嘩があったとき、一人の生徒がイスを投げつけてそれがロッカーに当たって凹んだのだと。
「あれね、私がやったの。ちょうど今頃かな。男子がね、まじめに掃除しないからきちんとするように再三お願いしたのよ。だけどね、ふざけて聞かなかったから。つい、蹴り飛ばしたらああなったの。本当は当人を蹴飛ばしたかったけど」
真奈美は履いている革靴のかかとを指さして秋人に言った。
「ここで蹴るとああなるのよね。それでね、秋人君。実菜穂ちゃんのことなんだけど、あの子を傷つけないでね。不思議な子よね。実菜穂ちゃんの側にいると自分のことが自然と見えてくる感じがして。だから私には大切な人なの。大切な人を傷つけられて大人しくしているほど私、心広くないから」
「分かります」
秋人は真奈美の目を見て一言はっきりと答えた。真奈美はその顔を見てなるほどとうなずいた。
「いい答えね。さっきと顔つきが違うわね」
真奈美は席を立って教室を出ようとすると、秋人が引き止めて聞いた。
「一つ教えて頂けますか。どうして、初見なのに金光秋人かと聞いたのですか?」
秋人の問いに真奈美は、”あーっ”とう表情をして、近くに来て答えた。
「このクラスの男どもを見て、あなたが金光秋人でないのならどうでもいいことかなと思ったから」
真奈美は、今までの表情と違って秋人に柔らかい笑みを向けて出て行った。
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