第14話「エスメリリアの弁当箱」
「創? どうしたんですの? 今、みかんさんがすごいスピードで出ていかれましたけれど……」
「エスメリリアか」
行き違う形で現れたのはエスメリリアだった。純色な金色の髪と青い瞳が夕日に差して眩しく光る。そう、すっかり夕方になってしまっていた。
「そうですわ。あなたの婚約者の、エスメリリアですわ」
「ああ……そうだな、お前は俺の婚約者だったんだな」
「くす、何を今更なことを言っていますの? おかしな創ですわね」
「いや……別に」
くすりとエスメリリアは左手を自身の唇を隠すように添えて上品に微笑んだ。俺はもはや認めなくてはならない。自分がこの物語の登場人物になってしまったことに。どういう理屈かは未だにわからないが俺はこの世界の創造者である作者であり、この物語の登場人物でもあり主人公でもあるということを。俺はゆっくりと屋上のベンチのあるところまで移動して腰を下ろす。立っているのも疲れた。
「なぁ、エスメリリア」
「はい? 何ですの?」
「弁当、あるか?」
エスメリリアはベンチに座る俺を静かに見守っていた。近寄るわけでもなく話しかけるでもなく、静かに優しく暖かな眼差しで俺を見守ってくれていた。俺はそんなエスメリリアに話しかける。弁当はあるのかと。猪狩圭介がいないのならば俺が猪狩圭介の立場を奪ってしまったのならばせめて猪狩圭介の代わりである俺がエスメリリアの弁当を食べてあげなくては。そう思って俺はエスメリリアに語りかけた。
「お弁当? 創の……ですの?」
「ああ、お前が作ってくれたやつが食べたい」
「ありますけれど、もうすっかり冷めてしまっていますわよ?」
「それでも構わない。エスメリリアが俺のために作ってくれた弁当……それだけでも、たとえ冷めてしまったものであっても食べる価値があるんだ」
「そう……ですの。わかりました。では準備しますから少々お待ちくださいませ」
エスメリリアはまっすぐに俺の言葉を受け容れてくれた。一応、俺も真摯にお願いしたつもりだ。それが伝わったのかはわからないがゆっくりと弁当を食べる準備をしてくれた。
「……手伝おうか?」
「結構ですわ。すぐ終わりますので。創は食事する準備でもしておいてくださいまし」
「ああ、そうか……わかった」
あっさりといなされてしまった。俺は静かに待って徐々に準備を整えていくエスメリリアを見守る。あらためて思う。エスメリリアの顔立ちはドールのように整っていた。俺が作った物語ではあるがこんな献身的な少女を俺は負けヒロインとして書いてしまっていたのかと思うと自責の念に苛まれる。
「……創? 大丈夫、ですの?」
「え? 俺は大丈夫だぞ? どうかしたか?」
「いえ、少しだけ顔色が悪く、見えましたので気分でも悪いのかと」
「……いいや、大丈夫だ。それより準備は出来たのか?」
どうやら顔色に出てしまっていたらしい。エスメリリアに顔を覗き込まれて心配されてしまった。
「もちろんですわ! お隣、良いですか?」
「もちろん」
「では失礼しますわ。じゃじゃーん! これがお弁当箱ですわ!」
「可愛い弁当箱だな」
「でしょう? 昔から、お気に入りなんですの。このお弁当箱」
俺の許可を取ってからエスメリリアは隣に座った。エスメリリアはまるで幼い頃に戻ったかのように純真無垢な笑顔で笑う。経年劣化が使い古されて少しくすんだ黄色いひよこの弁当箱を両手で掲げて嬉しそうに俺に見せびらかす。しまいにはドヤ顔を決める姿は微笑ましくもあった。
「そうなのか。それじゃあ……食べてもいいか?」
「ええ。もちろんですわ。やっぱり冷めていますけれど……味わって食べてくださいませ」
「ああ、いただくよ」
ゆっくりと弁当箱のフタがエスメリリアによって開かれる。そこのなかは小学生の少年少女が好みそうな人気のおかずがいっぱいだった。
「……いっぱい、練習しましたのよ?」
「エスメリリア?」
「あなたに食べてもらえるようにあなたに美味しいって言ってもらえるように……いっぱいいっぱい、練習しましたの」
「…………」
「創? 聞いてくださいますか?」
「……ああ、聞かせてくれ」
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