第13話「創造主さま、私の心を書き換えないで」

「創! どうして追いかけて来ないんですの⁉」


「ん? 何の話だ?」


「何の話だ? ではありませんわ! レディが涙を流していたら追いかけるのが男性として当然ではありませんの⁉」


「そ、そうか……でも元気そうで良かった」


「っっ……!」


 放課後になるとエスメリリアは教室に現れた。

 その姿は昼休みの涙が嘘のように明るかった。


「心配してたんだぞ。エスメリリアが戻ってこないから」


「そうじゃないでしょう……」


「うん?」


「そうじゃないでしょう! もっとわたくしに仰ることがあるのではなく!?」


「そ、そうだな……ごめんな? 食べてあげられなくて」


 エスメリリアは腰に両手を添えて睨みつけるように俺を見つめてくる。

 そのときのエスメリリアの言葉は重く受け止めなければならない。

 そして、確かめなければならない。

 猪狩圭介が存在しているのかどうかを。


「創……ってどこに行かれますの⁉」


「放送室だ。気をつけて帰るんだぞ」


「創くん⁉」


 俺は教室を飛び出した。

 飛び出して俺は放送室へ駆け込む。


「な、なんだい君は⁉」


「頼む! 言う通りにしてくれ!」


「猪狩圭介……? まあいいけど。そんな生徒聞いたことないな」


「とりあえず頼む」


 意外にも放送室にいた生徒は俺のお願いを聞いてくれた。


「2年C組の猪狩圭介くん。至急、屋上まで来てください。繰り返します。2年C組の──」



 それから俺は屋上へ向かった。

 しかし猪狩圭介はいつまで経っても来なかった。

 帰るか──屋上からの風景を眺めながらそう思ったそのときだった──


「──創造主さま、」


「有栖川みかん⁉ どうしてここに」


「あれだけ堂々と呼び出しているのに気づかないわけないでしょう?」


「ああ、それもそうか。それなら俺がどうして猪狩圭介を呼び出したのかわか──」


「猪狩圭介はいませんよ?」


「は?」


 今なんて言った? 猪狩圭介がいない? そんなはずはない。

 猪狩圭介がいないなんて。


「今、猪狩圭介がいないって言ったのか?」


「はい、言いました。猪狩圭介はこの世界に存在しません」


「……どうしてだ」


「猪狩圭介の役目は創造主さまに引き継がれました」


「俺に引き継がれた……だって?」


 有栖川みかんはさも当然のように言った。

 まるでそれがこの世界の常識であるかのように。


「はい。だからエスメリリアさんの記憶も創造主さまがやったことになります」


「そうなのか? たしかにそれならば一応の辻褄は合うが」


 俺が猪狩圭介の役目を担っているならばエスメリリアの反応は至って自然だ。だが俺はあくまで書き手で物語の主人公になるなんてそんなのは到底認められることではない。


「認めてください。そこに嘘偽りなどは一切ないのですから」


「……お前は俺をどうしたいんだ」


「──そんなの、決まっているではありませんか。創造主さまとともにありたい、同じ時間を共有したい。暮らしたい。ただそれだけですよ」


「ただそれだけ、ね」


 屈託ない笑顔で有栖川みかんは続けた。だがどうにも納得できなかった。なぜこいつはこんなにも俺に固執する? 猪狩圭介の存在も知っていて、俺の存在も知っているならばむしろ猪狩圭介を返せと言いたくはならないのか? いや、しかし、こいつは猪狩圭介を知っているみたいだがこの世界に存在するとは言っていない? それなら猪狩圭介は──


「ええ。なぜならあなたは私の婚約者なのですから」


「違う。俺はお前の婚約者なんかじゃ──」


「いいえ、創くんは私の婚約者で! 許嫁で! 将来を約束した間柄です!」


「お、おい……み、みかん、お前……」


 俺は有栖川みかんの威圧感たっぷりの気迫と言葉に気圧されてジリジリと距離を詰められて、気づけば背中には壁だった。目の前には有栖川みかんの顔。吐息がかかってしまうほどに有栖川みかんは近かった。


「創くん? あなたは私の運命の殿方なのですよ? これは抗いようのない真実なんです」


「いや、俺は書き手であってこの世界の人間と結ばれる気なんて──」


「結ばれるのです! そういう運命なのですよ⁉︎」


「だが……」


 有栖川みかんは壁ドンを仕掛けてきた。壁の先に人がもしもいたのなら聞こえてしまうくらいには大きい音を立てた。

 なんというか、みかんは痛いくらいに必死だった。今にも泣いてしまいそうなくらいに。

 そこである言葉が浮かんだ。

 俺が望めば何でもできると言う言葉を。試しにではないが頭の中で物語を紡ぐイメージで考える。

『有栖川みかんは俺を嫌いになる』……なんてそんな簡単なことがあるわけ──


「私はあなたのことがす──嫌いです!」


「え?」


「えっ……どうして……なの……? 私は創造主さまがき、ききき嫌い……? ち、違う……私は創造主さまがす──き、ら、い……?」


「み、みかん?」


「違う! 私は……私は! 創造主さまが──なはずなのに……っ……なのにどうして言葉が出ないの? この感情はなに……? わからない……わからないわからないわからないわからないわ!」


「お、おい……落ち着けよ……」


 みかんはまるで壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。涙を流しながら痛々しいくらいに涙で顔をぐちゃぐちゃにする。まるでその姿は幼い少女のそれに見えた。

 これはいったいどういうことだ? もしかして本当に俺の望むままになると言うのか?


「創造主さま……? 私に何を──何をしたのですか!?」


「……え? いや、俺は、」


「そうだログを……ログを確認すれば──嘘? 文字が潰れて読めない……」


「ログ? 何を言ってるんだ?」


 有栖川みかんは睨むように見つめて非難してくるがログという言葉を発してから一瞬だけ抜け殻のようになって動かなくなった、かと思えばまたわけのわからないことを言って俯いた。いったいなんなんだ?


「もうむり……たえられない!」


「お、おい!」


 みかんは俺を見つめながらそう吐き捨てると屋上を走って出ていった。

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