第12話「創造主さまにはかないません」

「やっぱり、創造主さまには敵わないですね」


「どういうことだ?」


「言ったでしょう? 創造主さまが望めば叶わないことなどないと」


「小山が喋ったのは俺が望んだからだとでも言うのか?」


 それからみかんが口を開くことはなかった。

 気付けば一通りの授業が終わり、昼休みになっていた。


「創! 創はいますか!」


「なんだ騒がしいな」


「出ましたわね! 今日は絶対わたくしのお弁当を食べてもらいますわ!」


 ガラッと開かれた教室の扉。

 現れたのは金髪ブロンドに青い瞳のお嬢様のエスメリリア・シェルメールだ。

 猪狩圭介とは幼馴染であり口約束ではあるものの、幼い頃あの公園で結婚の約束をしたこともある。あの公園というのはイカレ幼女と出会った中央噴水公園のことだ。

 そんな彼女が俺に人差し指を向けて言ってきた。


「食べてもらう? 何を」


「とぼけても無駄ですわ。当然わたくしのお弁当のことに決まっているでしょう?」


「弁当? ああそうか」


 エスメリリアは猪狩圭介と幼馴染だが、よく手料理を振舞っていたがあまりにまずくて高校生になった今でも食べてもらえずにいた。

 今はかなり上達しているのだがこのときの猪狩圭介は知らない。


「エスメリさん? 創くんは私と昼食を召し上がるので邪魔しないでもらえますか?」


「エスメリリアですわ!」


「そんなもの、どちらでもよいではないですか」


「よくはありません! このエスメリリア・シェルメール。名前に誇りを持っていますの」


 エスメリリアの家であるシェルメール家は上流階級の貴族だ。

 猪狩家とはそこまで関係が深いわけではないがまっすぐで一途なエスメリリアに感化された両親が将来はお付き合いしてもいいというくらいに認めているが猪狩圭介にその気はない。


「誇りはいいが、今は猪狩圭介はいないみたいだぞ?」


「猪狩さん……? どなたですの?」


「は?」


「……創造主さま。どうやら彼女は圭介くんのことを忘れているようです」


「忘れる……? エスメリリアが? ばかな、エスメリリアが猪狩圭介を忘れるわけが……」


 エスメリリアは猪狩圭介のことを決して忘れない。

 それこそ10年や20年そこらでは離れていても決して忘れないんだ。

 俺はエスメリリアを見た。エスメリリアは何の話かわからないといった具合で小首を傾げている。


「エスメリリア、本当に忘れてるのか? 猪狩圭介のことを」


「だから誰ですの? わたくしはあなたにしか興味ありませんわ、創」


「……そうか」


 猪狩圭介は存在しないのか? いやそんなわけはない。

 みかんは猪狩圭介のことを知っているような口ぶりだ。

 であるならば猪狩圭介は存在してるが猪狩圭介の立場が俺に置き換わっているというのなら一応は理解できる。できるが――どうして俺なんだ?俺はこの物語の作者のはずで当然だが物語には登場しないというのに。


「創? どうかしまして?」


「いや、俺が食うのもなってな……」


「なんでですの? わたくしはあなたのために作ってきましたのに」


「いや……」


 エスメリリアは本当に猪狩圭介のことを忘れている──いや、知らないみたいだ。

 だからといって、本来は猪狩圭介のために作られるはずだったものを俺が食べるのは気が引けた。

 これはどうしたものか。


「創くんはあなたのお弁当は食べたくないみたいですよ。エスメリさん」


「エスメリリアですわ! でも……創、そうなんですの?」


「…………」


「悪いが俺はお前の弁当は食べられない」


 やはり俺はエスメリリアの弁当は食べられない。それは猪狩圭介が初めて食べなければいけないものだ。なのにそれを親である俺が台無しにすることなんてできるはずもない。


「創……ーーっ!」


「…………」


「あらら、行っちゃいましたね。泣いてましたよ」


「ああ……」


「追いかけないんですか?」


「追いかける? どうして俺が」


 エスメリリアは弁当を抱えながら一筋の涙を落として教室を走り出ていった。

 まるで一秒でも早くここから抜け出したいかのように。


「はぁ……これは重症ですね」


「行った方が良かったか?」


「まさか。私は創くんが私の傍にいてくれるだけで充分ですよ」


 みかんは大きな溜め息をつくと若干責めたような冷めた目で俺を見つめる。

 それを軽く受け流して椅子へ座り頬杖をつく。

 そんな俺の机にみかんは弁当箱を置いた。


「なんだよ、これ」


「創くんのために作ったお弁当です。一緒に食べましょう」


「……ああ、そうだな」


「あら素直」


「さすがの俺も食欲には抗えん」


「ふふっ、性欲にも抗わなくてもいいんですよ?」


「…………」


 俺は弁当のふたを開けつつ話す。

 性欲云々についてはスルーすることにした。

 今のこいつは妙な色気がある。

 そういうキャラクターに設定したつもりはないが下手なことを言うと面倒なことになりそうな予感がしたので黙々と食べることにした。


「どうですかお味は?」


「普通に美味い」


「ふ、ふつう?」


「俺にとっては最高の褒め言葉だ」


「くす、そうですか」


 ぶっちゃけみかんの作った弁当はどれも滅茶苦茶美味しい。でもそれを言うのはなんだか気が引けた。


「そうですか……めちゃくちゃ……」


「ん?」


「……いいえ。それにしても、戻ってきませんね。エスメリリアさま」


「ああ、そうだな」


 結局、エスメリリアが昼休みに戻ってくることはなかった。

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