第8話「創造主さまがご入浴なようです」
「ってついてきてる!?」
「? 創造主さま?」
「どうしてついて来てるんだ?」
俺は浴室に向かうべく歩き出すと後ろからついてくる足音がした。
振り向いてみると有沙がついて来ていた。
「にゃん?」
「有沙?」
「メイドとして、ご主人様をお見送りするお役目がありますにゃ!」
「俺は有沙のご主人様じゃないぞ?」
有沙は悪びれることもなくついてくると俺の後ろにぴったり背中にくっつくほどまで近寄ってくると耳元で囁いてきた。
「……部屋はみかんに盗聴されています。お気をつけください」
「え?」
その声は先ほどみたいに萌え萌えな感じではなく、冷静保った声色をしていた。
──盗聴。
現実だったらニュースやテレビ番組なんかで見聞きすることはあったが、現実世界にいた頃の俺に盗聴なんてものは縁はなかった。
「……創造主さま? さあさあお風呂にゴーですよ~」
「お、おい!」
俺は有沙に背中を押されて脱衣所に入っていく。
そこそこ広い場所にカゴがいくつか置いてあり、着ていた服はここに入れよと主張しているように感じた。
「それじゃあごゆっくり~」
「……ったく、まあ入るか。盗聴、か……」
有沙は俺が脱衣所に入ったのを確認すると脱衣所の出入口のドアを閉めていった。
外の様子はわからないが多分、役目を終えて帰ったんだろうな。
「さて、中は──」
俺は服を脱いでカゴの中へ全て放り込むと浴室へ入っていく。
「は、広いな」
浴室に入るとどっかの大浴場くらいあるのではないかというくらい広々としていた。
マジですごいなこの屋敷。
「こんなところまで設定した記憶はないが……」
この世界自体よくわからないし、意外と自動生成されてるのかもな。
とりあえず、汗流すか。
「ご主人様~入りますにゃ~」
「な、有沙⁉」
洗面器でお湯を掬って汗を流していると全裸──いや、体にタオルを捲いた姿で入ってきた。
対して俺は全裸……これはまずい。
「……あら、ご立派」
「ひゃん!」
「創造主さまぁ……?」
「な、なんだよ」
俺は股を隠して背中を向ける。
有沙の悪戯っぽい声が俺の耳に届く。
「どうして背中向けるんですか〜?」
「そりゃあ向けるだろ。男としては、な」
我が娘とはいえ、俺には有沙のその姿は刺激が強すぎる。
堪えねば──いや、帰ってもらわねば。
「ふーん、そうなんですね~」
「それよりどうしたんだ? 何か用か?」
「創造主さまのお背中流そうと思いまして」
「せ、背中くらい自分で流せるから帰っていいぞ」
男主人公の入浴中に男主人公の背中を汗を流すべく現れるお姉さん。
それはラノベやマンガ、エロゲなんかではありがちなシチュエーションだ。
だがそれはラブコメの主人公ならの話だ。
この場において、俺は主人公でもなんでもない。
この世界においてはきっと異物で存在したらいけない存在なんだ。
だからこのお姉さんがお背中流します展開は不要なんだ。
やるなら主人公である猪狩圭介にやるべきなんだ。
「あら冷たい。そんな悲しいこと言わないでください~」
「そんなつもりはないけど。有沙も忙しいだろ? 早く戻った方が」
「大丈夫ですメイドも金持ちの道楽でやってますので!」
「道楽って。本物のメイドさんが聞いたら泣くぞ」
「問題ありません、ここには私と創造主さましかいませんから」
たしかにこの場に俺と有沙しかいないのは確かだ。
だからといって、有沙にいられるのは精神衛生的によろしくない。
何故なら俺は有沙を肉体的、精神的にちょっとエッチなお姉さんという設定にしてあるからだ。
みかんとの差別化も含めて物語を主人公を掻き回す役目も一部は担っている。
一言で言ってしまうといわゆるお色気担当みたいなものだ。
だからこそ刺激が強いんだ。
「それはそうだけど、どういう感覚なんだ?」
「有沙は創造主さまにご奉仕して差し上げたいのです。ダメ、ですかぁ?」
「いや、ダメではないが……」
ダメではないが俺の背中に胸が当たっている! ラブコメでありがちなやつ! タオル越しではあるが柔らかな膨らみが伝わってきて精神衛生上よろしくない。よろしくないぞ! これは!
「ふふっ、当たってますか?」
「……わかってるんじゃないか」
「創造主さまがご奉仕させてくれないならこの攻撃は終わりませんよ? それそれっ」
「くうっ! わ、わかった! もう好きにしてくれ」
有沙は楽しそうに俺の背中に胸を押し付けてくる。
普通ならばどうして胸が当たってるんだ? と疑問に思うところだが俺は悲しいかな俺は創造主。
こいつのやることくらいは想像できる。できてしまう。
だからこそここは降参するしかない。
「わかればいいのです」
「優しく頼むぞ」
「もちろんですよー」
多少は立場逆転感はあるが奉仕してくれるというならしてもらうとしよう。
俺は背中を有沙に向けたまま目をつぶる。
もはや覚悟は決まった。
あとはどうにでもなれだ。
「どうですか~?」
「あぁ……いいぞ、それくらいのそれくらい強さで頼む」
「かしこまりました~」
有沙が俺の背中をゴシゴシとしかし優しくボディソープの泡を泡立たせたタオルで洗ってくれる。
上へ下へと繰り返しの動きをするのが目をつぶっていてもわかる。
子に体を洗われるというのはこういう気持ちなんだろうか。
なんだか感慨深い気持ちになった。
「さあ、泡を流しますよ~」
「ああ、ありがとう」
「痛くなかったですか~?」
「大丈夫だ。さすがお姉さんだな、洗い慣れてる感じがしたよ」
有沙が洗面器にお湯をいっぱいにしてその洗面器を首から下へ掛けて、泡を洗い流してくれた。
いつぶりだろうか。
なんだかすごい久しぶりに体を洗ってもらった気がする。
「有沙はメイドですから慣れてるんですよ~」
「はは、そういえばそうだったな」
有沙はたしかにメイドだ。
だがメイドであるということは重要じゃない。
なぜならメイドだからではなく有沙自身の優しさからくるものなのだから。
たとえ仮にこれがメイドを通して培われたものであったとしてもこれは有沙の優しさあってのものだ。
誰かが否定したとしてもこの瞬間のこの俺の気持ちは揺るがないと確信できる。
「創造主さまは私をメイドとしては見ないのですね」
「当たり前だ。俺は創造主さまだからな。メイドなんてものはお前の一側面でしかない。違うか?」
「正解です。メイドだけなんて、私はそんな安っぽい女じゃないですから」
「だろ?」
「さすが創造主さまですね」
こんな裸の状態で言うことでもないがこいつも生きてるんだ。
それだけで終わってほしくないし、実際に目にすると余計にその気持ちが強くなった。
「褒めても何も出ないぞ」
「ふふっ、そんなつもりはないですよ」
「そうか」
「はい。それじゃあ私はこれで」
「行くのか?」
有沙は背中を流して満足したのか帰りたいという雰囲気を感じさせる。
それに対し俺は確認するように訊く。
「寂しいですか?」
「……まさか」
「それは残念。いつか絶対寂しいって言わせてみせますからね」
「言うか? そんなこと」
「言わせてみせます」
「……ん。そうか」
有無を言わせない凄みを有沙の言葉、表情から感じる。
こいつは本気だ。
どこまで本気かはわからないが。
「はい。では、失礼しますね」
「ああ、また後でな」
有沙は笑顔で締めくくると浴室を出ていった。
こればっかりは俺にも有沙が何を考えてるのかわからない。
もしかしたらもう既に完全自立型のロボットみたいに俺の考える有栖川有沙とは別の何かに変化しているのかもしれない。
有沙の背中を見送りながらそんなことを少しだけ思った。
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