3-2 最後の大勝負!

 この場でうちの家庭事情を細かく語るつもりはない。ざっくり言うと、うちは近々両親が離婚する。そして子供であるわたしは、ここでどっちについて行くか決めなければならないわけだが、これが悩みなのである。

 夜な夜な、両親はわたしを取り合って言い争いをしている。

 早くわたしが結論を出さなければならないのだが、どちらか一方を選ぶというのはとても残酷なことのように思えて答えを出せないでいた。

 両親の仲がいつの間に悪くなったかはわたしには分からないが、どちらもわたしにとっては大切な親、それに変わりはない。どちらかを捨てることはできないのだ。

 神宮寺さんはてっきり、この二人を仲直りさせる方法を教えてくれるのかと思ったが――。


「なんでわたしが結婚するんだ!?」


 わたしは今、教会に居ます。もちろん結婚式場です。白いウエディングドレスを身に纏って、バージンロードを歩いています。

 やっぱり自分のことは自分でしなくちゃいけないんだと思いながら、父と一緒に祭壇まで歩いていく。

 祭壇の前で新郎――神宮寺さんが待っている。

 なんか男装している。それで誤魔化せるわけないだろと思うのだが、誰も何も言わない。

 参列者には神宮寺さんの仕込み以外にわたしの友達も居るはずなのになんでだ!? 友達の目は節穴か!?


「ついに美智香も結婚かー」

「早いなあ」

「ちょっとうらやましいかも」

「相手イケメンっ」


 友達はそんなひそひそ話をしていた。駄目みたいだ。

 そして父から神宮寺さんにバトンタッチ。父さん去り際に「……この男と幸せになりなさい」ってあんたも駄目か!

 そして牧師が聖書の一部を読み上げる。神父か牧師かは事前の説明で判明しているので安心(?)だ。


「――いやそれはどうでもいい! どうしてこうなった!?」

「それは神父と新婦が紛らわしいから――」

「そうじゃなくて――」

「ああ、この教会は今日のために700億円かけて新しく建てたものよ。どうしてかって言うと――」

「それでもない! なんでわたしが結婚すんのかってこと!」


 ってか、こんなことのためにわざわざ新しく建てたのかよ。しかも高すぎだろ建設費。東京ドームの倍だぞ。


「またなの? それは何度も言ったでしょう?」

「いや、あれで納得できるか!」


 回想。


 神宮寺さんに結婚しろと言われた後、わたしはその理由を尋ねた。自分の欲望を叶えたいだけじゃないかと疑った。すると神宮寺さんは、逆に私に質問してきた。


「美智香さん、問題を解決するにはそもそも問題自体を消してしまうのが最善とは思わなくて?」

「まあ、一理あるかもだけど」


 だが、わたしと神宮寺さんが結婚したからって問題は消えないだろ。わたしたちが結婚しようがしまいが両親は離婚するんだから。


「つまり親権なんて関係ない状態に持ち込めばいい。それじゃあ、親権ってどういう権利かしら?」

「どういうって……親が子に対して持つ権利でしょ?」

「そう。ただし、親権は未成年者に対する権利。つまり成年に対しては無効なのよ」

「いやだからわたし未成年だから」

「ところが、未成年者が成年扱いを受ける方法があるんだなこれが」

「いやあるわけないでしょ……まさか!?」

「そう、結婚した未成年者は成年として扱われるのよ! オーッホッホッホッ!」

「いやだからって結婚はないでしょ。親はどっちも捨てられないけど、神宮寺さんなら迷わず捨てるわ」


 いつも法律違反してるくせに、こういう時は法律を武器にしようとしやがって。


「あらなんてひどい言い草。……まあ偽の結婚式だけ見せて誤魔化し、ご両親の喧嘩を止めると考えれば」

「な、なるほど……」


 それならやってみても良いか……?


 回想終わり。


 あの時はつい流されてしまったが、今になっておかしな点に気が付いてしまった。いや、おかしなところだらけではあるんだが。


「でも、よく考えたらこの誤魔化し意味ないよね? 結局本当は結婚してないんだから、役所か何かが通達するんじゃないの? 親権者決めろって」

「ちぃ、気付かれてしまったわ!」

「おい」

「でも安心を。ちゃんと婚姻届けの方も提出済みだから」

「なーんだ、それならあんし――はあっ!? いつの間に!?」

「婚姻届けは、書類に不備が無ければ一人でも提出できますからね」

「いや不備あるだろ。わたし署名してないし!」

「筆跡のコピーくらいお手の物」

「そもそも女同士だよわたしたち!」

「オーッホッホッホッ! もしも役所に私の部下が紛れ込んでいたとしたら?」

「またそれかよ! …………ってことはもしかして本当に……?」


 嫌な汗が流れる。すると神宮寺さんは笑って頷いた。


「ええ、私たちは正式な夫婦よ」

「……クソっ! 完全にしてやられたってわけか……っ! 騙されているのに気付けないなんて……っ」


 自分が憎い!


「あら人聞きの悪い。助けたかったのは本当なのよ。ただ、いくつかの選択肢の中から最善策を選んだまでのこと」

「それで結婚を選ぶ馬鹿はあんたくらいだよ!」


「汝、ここに居る者を愛することを誓いますか?」


「誓いますわ」

「誓わねえよ!」


 なに粛々と式を進めてんだ牧師!


「もういい加減にしてくださる!? 来年度から十八歳以上が成人に変更、これに伴い女性も結婚可能年齢は十八歳まで引き上げられる。今年度が最後のチャンスですのよ!?」

「知らねえよ!」

「じゃあ、あなた両親のいずれかを捨てられるっていうのね!? そうなのね!? じゃあ、早くどっちの親について行くかお決めになったら!?」

「うぐっ……」


 それを言われたら痛い。文句があるなら自分で何とかするのが筋ってもんだ。だがそれが簡単にできないから、今こうなってるわけで……いや待て、前にわたしなんて言った?


 ――いやだからって結婚はないでしょ。親はどっちも捨てられないけど神宮寺さんなら迷わず捨てるわ。


 ……そうかっ!


「……牧師さん、さっきの言葉取り消します。わたし、ここに居る女との愛を誓います」

「――美智香さん……っ!」


 神宮寺さんはわたしの返事に瞳を輝かせた。わたしは苦笑いしながら、額の汗を拳で拭った。


 ……へっ、悪いね神宮寺さん。あんたには悪いけどわたしはあんたを捨てる。つまり結婚はするが、あとで離婚してやるってことよ。

 十代でもうバツイチってのはちょっとアレかもしれないけど、親のどっちかを捨てるくらいならわたしは自分を捨てる! そして神宮寺さんを捨ててやるッ!

 何もできないわたしだった。長い朝礼をする校長に文句も言えない。神宮寺さんの用意したスケスケ下着に抗い切れない。どっちの親について行くかも決められない。

 そんな情けないわたしだったけど、これが今できる唯一!


「……いい目をしていますわ美智香さん。初めて会った日から今まで見てきた美智香さんの中で今が一番素敵ですわ」

「……嬉しくないよ、全然」


 そう言って微笑む神宮寺さんに、わたしはなんかやり切った感のある不敵な笑みで応じる。そこへ牧師が残酷な死刑宣告。


「それでは、誓いのキスを」


 まあ良い、わたしは既に断頭台に立っている。ファーストキスくらい、安いもんだ。

 わたしたちは互いにキスできる距離まで歩み寄る。わたしたちは見つめ合い、神宮寺さんはわたしの両肩に手を添えた。

 神宮寺さんのほうが背が高いので、わたしは見上げる形になる。


「……こうして改めて近くで見るとムカつくくらい綺麗だよね。常にムカつくという思いでいないと、うっかり吸い込まれそうになる」

「誉め言葉として受け取るわ」

「これでいつか言ってた未来の通りになったわけだけど、神宮寺さんは本当にこれで良かったの?」

「私、気に入らないものは排除すると言ったわよね? いくら未来を見たからといって、気に入れなければこんなことするはずないわ。そして――今のあなたを見れば私は間違っていなかったと確信を持てる」

「……そう」

「あとカラダね」


 絶対すぐ離婚しよう。そう思った。




 そしてわたしは人生初めてのキスを、人生最低のキスで済ませた。互いに顔を離すと神宮寺さんは言った。


「どうせすぐ離婚してやろう、とか考えているのでしょう?」


 バレてたか。以心伝心とか考えたくないが。こうなったら開き直りだ。


「ああそうだよ。残念だったね!」

「そうでなくては困るわ。でも、そのセリフはこちらのセリフでしてよ。すぐに私抜きでは生きられないカラダにしてさしあげますわ!」


 なんだそれは、エロいことか? エロいことなのか!? 


「ふ、ふーん。やれるもんならやってみたら?」

「オーッホッホッホッ! 私に不可能はなくってよ! あなたが今もスケスケ下着を着けている理由を忘れたのかしら?」


 言われて、途端にあの敗北の記憶がよみがえる。どうやっても勝てず、最後には言うことを聞いてしまったあの記憶が。


 だが、何度も負けていられるか……っ!


「今回もそう上手くいくかな?」

「あら強がりを。何も無根拠ではなくてよ。私のこの眼にはあなたがベッドの上で私にデレデレしている様子が見えているわ」

「頭、大丈夫……? ……いや、そういえば未来が見えるんだったか……」

「そして何より私のテクニックが――」

「そっちの方が自信あるのかよ!」

「もちろん、習い事ではなく天性の――」

「そんな稽古あるわけないだろ!」


 いや、ツッコんでいる場合ではない。

 わたしは逃げ出した。どこか、神宮寺さんに見つからない所へ逃げなければ。

 だが、これは負けじゃない。戦略的撤退というやつだ。あいつにベッドの上でデレデレにされる前に離婚届を出せればわたしの勝ちなのだ。

 教会の扉をほとんど体当たりで勢いよく開け、外に飛び出した。


「オーホッホッホッ! 逃げても無駄ですわ!」 

「負け惜しみかっ? ――――っ!?」


 しかし、後ろの声に返事をした直後、わたしは落下していた。落とし穴だった。


 落ちた先は部屋だった。シャンデリアなんかが釣り下がり、真ん中には装飾が施された高そうな天蓋付きベッドが置いてある。出口はない。


 ――しまったっ! 


 すぐ後に、わたしが落ちてきた天井の穴から神宮寺さんも落ちてきた。そしてわたしをベッドに押し倒す。


 ……教会を建てたのは。


「さあ、結婚したんだからもう遠慮はいらないわね」


 この女――。


「事前に用意していたというのか……っ!」


「オーッホッホッホッ! これが私のやり方ですわ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神宮寺マヤのやり方 焼き芋とワカメ @yakiimo_wakame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ