2-2 華麗なる作戦

 全く困ったものだ。そりゃ、愛してると言われること自体は悪い気はしない。

 だが理由が理由だ。未来で見たとかカラダ目当てとか、わたしも色々言いたくなるわけだ。趣味の悪いプレゼントにしても。

 そして相手は女の子。あんまり女の子から愛してる愛してる言われると、調子が狂うから是非ともやめて欲しいところだ。


 近くの商店街の下着屋に着いたわたしは、とりあえず息を整える。

 全く、あんな下着彼氏ができても着けられるもんか。大体、わたしは普段使いする下着が欲しいのだ。あんなの普段から着けてたらほとんど痴女だ。

 さて、ここは馴染みの下着屋。目当てのものは店主に相談すれば一発だ。さっさと用事を済ませてしまおう。

 まあ、馴染みと言ってもそれほど頻繁には利用しない。買う時はここで買うというだけだ。なにぶんうちは貧乏なので多少サイズがきつくなっても、できるだけ古い下着でやり過ごさないといけないのだ。


「ごめんねぇ、今在庫無いのよぉ」


 しかし店主のおばちゃんは、わたしに残酷な事実を告げた。


「ひ、一つもですか」

「そうなのよぉ。全サイズ全色、今は在庫なしよ」

「え、なんか仕入れが上手く行かなかったとか……?」

「そうじゃなくてねぇ、さっき来たお客さんが全部買っていっちゃったの。他のお客さんのことも考えて、ちょっとは残すことも考えたんだけど、こんな機会滅多にないから。美智香ちゃんごめんねぇ。明日また入荷するから」

「そ、そうですか」


 いったいどこのどいつだ、そんな迷惑な奴は。店の在庫がゼロになるまで買い込むなんて、しかも下着を。そんな要らないだろ。いったい何に使うつもりだ。

 そこへ、店の前に車が止まる。

 あの車はエクスキャリバー! ということは神宮寺さん!? クソ、追いつかれたか!


「オーッホッホッホッ! 残念ね、美智香さん。下着が買えなくて!」

「どうしてそれを!?」


 今来たばかりに神宮寺さんに店の在庫状況など分かるはずない。……ま、まさか!?


「気付いたようね。そうよ、この店の商品を買い占めたのは私の部下よ! 私が指示を出してね! さあ、どう美智香さん? 下着を買えないのなら、私のプレゼントを受け取る他は無いわよね?」

「そこまでするか!?」

「ふん。手段などどうでも良いのよ! 寧ろお店側も儲かってwin-winのはずよ!」

「わたしは嬉しくねーよ!」


 こうなったら次だ。この町に下着屋は一軒しかない、なんてことはないのだ。

 しかし、次なる下着屋に向かって走り出そうとたわたしを神宮寺さんが止める。


「親切心で、先に言っておくわね。この町のありとあらゆる店にある下着は、全部既に買い占めてあるわ。無駄なことはおよしなさい」

「この町の全ての下着だとぉ!?」


 な、なんて女だ。財力もさることながら、一番いかれてるのは理由。

 この女はただ、わたしにスケスケ下着をプレゼントするためだけに町中の下着を買い占めたのだ。スケスケ下着をわたしに着けさせるためだけに。


「なんて金の使い方だよ! 親の金だろ!?」

「オーッホッホッホッ! 私は手段を選びませんわ! あとこの金は自分の事業で稼いだ金ですからその指摘には当たりませんわ!」


 終わった……。

 ――いや、待て。閃いたぞ。神宮寺さんはこの町の下着と言ったのだ。だったら手間にはなるが、手がないわけではない。

 わたしは走り出そうとした。

 しかし、またしても神宮寺さんが止める。


「美智香さん、あなたの考えは読めているわ。あなたはこう考えたのでしょう『この町に下着がないなら隣町に行けば買える』と」

「ぐ……当たってる」

「ならこれを見なさい!」


 神宮寺さんはわたしに自分のスマホの画面を見せてきた。

 画面には橋が映っている。この橋はこの町と隣町を繋ぐ唯一の橋で、隣町に行くにはこの橋を渡る以外に方法はない。


「これはライブ中継よ。そしてたった今、私は部下に合図を送りました」


 その直後――。


「はあっ!? 橋が爆発したんだけどっ!?」


 そして橋はガラガラ崩れていき、到底渡れる状態ではなくなってしまった。や、やりすぎだろ……。


「これで隣町に行くことは出来なくなったわ。ああ、ご安心を。橋の修繕費はちゃんと出します。さあ、大人しく私のスケスケ下着を受け取りなさい!」

「い、嫌だ!」

「もう、強情ね。なら選びなさい。スケスケ下着で生活するか、ノーブラノーパンで生活するか。好きな方をね」

「なんて言い方をしやがる……」

「さあ、明日も学校があるわ。あなた、学校にノーブラノーパンで登校する気?」


 ……確かに、それは問題だ。

 ――いやそれを言ったらスケスケ下着もマズいだろ。

 しかもスケスケ下着を着けることは、ここまで来たら最早敗北を意味する。

 わたしは神宮寺さんとの勝負に負けて、恥ずかしい格好をさせられるのだ。それで喜ぶのは着せたがっていた神宮寺さんただ一人。

 だったらだ。どのみち恥ずかしい結果に終わるのなら、せめて――。


「さ、美智香さん。心は決まったかしら?」

「ああ、決まったよ。もちろん。わたしはノーブラノーパンで生活する!」

「まあ、なんて大胆な宣言! 店主さんも驚いてるわよ!?」


 あ、言い方間違えちゃった。まあ良いだろう。これで神宮寺さんの悪しき野望は打ち砕かれたのだ。

 私は満足げに息を吐いた。

 しかし、不思議なことに何故か神宮寺さんも満足げな表情をしている。わたしにスケスケ下着を着せることができなかったのに、何故だ?


「それでこそ美智香さん、私が見込んだだけのことはあるわ。そのプライド、意志の強さに敬意を表し、一つ良い事を教えるわ」

「一応聞くけど、なに?」

「実は一店だけ、下着を買い占めなかった下着屋があるの。そこを教えて差し上げるわ」

「……なんでそんなことを?」

「さあ、どうしてかしら。私はあなたを当然ものにする。しかし簡単にものになる人じゃつまらない、どこかそう思っていたのかもしれないわね」

「わたしが最後まで断り続けることを期待していた……?」


 神宮寺さんは答えなかった。どんな手を使っても欲しいものを手に入れると豪語していた神宮寺さんからは、正直想像できない事だった。

 ……というか、ここでやっぱりスケスケ下着欲しいですって言ったらわたしのこと見限ってくれるんじゃないか? 


「さ、美智香さん、そこまで送ってあげるわ。最近できた店だからあなたは知らないんじゃないかしら」


 もう色々面倒くさくなったので、わたしは神宮寺さんの運転する車に送ってもらった。この人、今日だけでもたくさん犯罪行為してるのに捕まってないから、まあ多分大丈夫なんだろう。……何が?

 店に到着すると、神宮寺さんと一緒に早速中に入った。色々あったが、これで一件落着というわけだ。


「とっとと買って帰るぞ」


 最近できただけあって綺麗な店だ。

 だがなんだ。

 ……何やらおかしい。

 ――――おかしいおかしいおかしいおかしいッ!


「スケスケ下着しか置いてない!」

「オーッホッホッホッ! ここは私が経営している店よ!」

「こんなの詐欺じゃん!」

「さあ、とっとと買って帰るのよね!? 私からプレゼントされるのが嫌だと言うのなら、自分で買いなさい!」


 この女、本当に手段を選ばない。


 わたしは逃げた。堪らず逃げた。

 こうなったら明日。明日になれば新しい下着が入荷される。

 しかし明日も同じことだった。明日になっても買い占められた。


 わたしはノーブラノーパン生活を一日だけした後、その翌日からスケスケ下着生活をスタートさせることになった。

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