帝国崩壊の時①

 エレオノーラが帝国に対し蜂起したその日、シエーナの沿海部に無数の狼煙が打ち上げられた。

 

 「帝国の崩壊をこの目で間近に見れようとはな」


 マウントバッテンは、その光景に勝利を夢想した。


 「後は帝国軍の反応と我々の行動のどちらが先かに作戦の成否はかかっていますね」


 ヴェルナールは、言外に楽観的すぎやしないかとマウントバッテンに釘を打ったが、当の本人はそれに気付くことはなかった。


 「もはや白海に敵無し、我々が見事に貴公らを送り届けてみせるとも」


 主力艦艇の後方には無数のガレオン船が控えており、一目見るだけで作戦の内容は明らかだった。


 「よろしくお願いしますよ?」


 神に祈る思いでヴェルナールはマウントバッテンの手を握った。


 「貴殿ともあろう人が緊張するとは、いやはや驚きだ」

 「なんといっても敵前上陸ですからね、それも帝都に直接など、これまでの戦史にはありはしないんですから」


 緊張感を滲ませたヴェルナールの言葉にマウントバッテンは呵呵大笑、緊張を笑い飛ばす勢いだった。


 「なら、我々の名前が歴史書に乗るというわけですな」


 戦争の早期終結を実現すべく考案した帝都直撃の斬首作戦。

 あるいは膠着したヴァロワ=帝国国境の戦況を動かすための助攻勢。


 「敗軍の将として笑いものにされないことを祈るばかりですよ」


 運によるところが大きく、作戦としては不出来もいいところだったがさりとて戦費は馬鹿にならず、やらないわけにはいかなかった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「放てぇッ!!」


 帝都前面に展開した艦隊が、砲撃を開始した。

 無数に降り注ぐ砲弾は、帝都の美しく古い町並みを重力と質量に任せて容赦なく叩き壊していく。


 「ふははは、被害額がすごいことになりそうだ」


 帝都では芸術家の活動を奨励しており、多くの美術品が大陸中から帝都に集められていた。


 「何事じゃ!?」


 この砲撃に屋敷の窓から外を見つめたティベリウスは絶句した。


 「エレオノーラといいアルフォンスの若造といい、この……ッ恩知らず共がぁぁぁッ」


 全くもって思うように進まないことに苛立ちを覚えたティベリウスは喚いた。

 何しろティベリウスはつい先程、シエーナにおいてエレオノーラが蜂起した報せを受けたばかりであった。


 「ロルテスを呼んでまいれ!!」


 ヴァロワ・アルフォンス連合軍との戦争における軍略を統括する男をティベリウスは呼びつけた。


 「お呼びと聞き、馳せ参じました」


 数分後に現れたロルテスに、ティベリウスは静かに尋ねた。


 「この状況、お主ならどう見る?」


 感情を面に出さない静かな問い、されど責任の一端はお前にあるのだという強いメッセージが込められたそれにロルテスは思わず口を噤んだ。


 「なんぞ、挽回できる策を申せ」


 ロルテスもまた帝国の最高学府たる士官学校の首席卒業者であった。


 「あの艦隊を沈める他、手立てはありますまい」


 強襲上陸前の砲撃であることは明白であり、それを防ぐために兵を集めたかったが集めればいい的にしかならないのでそれも出来ずにいた。

 帝国軍主力はリグリア国境でヴァロワ・アルフォンス連合軍との睨み合いの真っ最中。

 そしてシエーナの反乱軍に対して抑えの兵を割いた結果、帝都に残る兵数は僅かに二千ばかり。


 「肝心の艦隊は敵の罠に陥り壊滅したと聞く。お主の献策に従い儂は兵を動かしてきた。その結果がこのザマだ。帝都に残る兵二千のうち半分をお主に預ける。責任の取り方は分かっておろうな?」


 有無も言わさぬ圧力に、ロルテスは自身の命は自身の答え次第と悟った。

 そしてロルテスはある覚悟を決めた。


 「分かりました。ですがその前に妻子と会ってもいいですかな?」

 「ふん、好きにしろ」


 額づくその裏でロルテスは鞍替えをするべく、考えを巡らしていた。

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