帝国の使者


 「川向うの軍勢、どうもアルフォンス連中のような気がしてならないのぉ」


 立派な白い髭をしごきながら、好々爺然とした表情のままにティベリウスは言った。


 「使者でも出して確かめさせましょうか?」

 「それは面白そうじゃのぉ。ついでに侵攻もチラつかせてこい」


 ティベリウスはヴェルナールがの軍勢と共にヴァロワに入国したという報せを受けるや否や三万の軍勢を招集していた。

 一万五千は自身が率いてヴァロワへと連れて来たが残りはヘルベティア共和国との国境に貼り付けていた。


 「よろしいのですか!?」


 一万五千の軍隊において皇族であるティベリウス、トンマーゾに継ぐ指揮権を持つバドリオ将軍は、軽々しくも「戦争」という言葉を使うのかと問うがティベリウスは、ニヤリと口角を吊り上げるだけだった。


 「そうですか……」

 「では、すぐさま使者を用立てますので今暫くお待ちください。バドリオは臣下の礼をとるとその場を去った。

 だがその表情は心情は、ティベリウスの言葉についで懐疑的なものだった。


 「現状、優位に見える立場に我々はいる。しかし、だからといって簡単に戦争をチラつかせてもいいのだろうか……」


 バドリオは宗派対立に対しては穏和な解決の道を探る穏便派であり、冷え込む国際情勢に対しても外交的解決を推進する慎重派でもあった。


 「もしや陛下は、私を試しておられるのか?」


 ティベリウスの苛烈なまでの姿勢に対して、バドリオの属する派閥は反抗的とも言える。

 そんな派閥に属する自身を今回の陣容に加えているのは、自分という存在を必要に値するか否かを見極めるためではないのだろうか?

 バドリオはそう思った。

 故に彼は、ティベリウスの意に従わざるを得ないのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「閣下、カロリングから使者が!」


 白旗を甲冑の背に括りつけた騎兵が三騎、川を渡ってヴェルナール達の陣地へと向かって来ていた。


 「なんか、嫌な予感する」

 「と言いますと?」


 ヴェルナールは床几から立ち上がって、ポンポンとアンドレーの肩を叩くと一言、


 「あとは頼んだ」


 ノエルに目配せを送るとノエルは主の意図を察した。

 それから数十分―――――


 「この部隊の指揮官は誰か?」


 陣幕へと入った三人の騎士と向かい合うのは、アンドレーとノエル。

 二人して商人風の衣服を着込んでいる。


 「俺だが?」


 そう言ったアンドレーに帝国の騎士達は値踏みするような視線を送る。


 「お前たちの所属は?」


 見るからに商人な二人を下に見るような物言いで騎士は訊いた。


 「ベアリングス商会だが?」


 その言葉に騎士達は怪訝な表情を浮かべる。

 それもそのはず、ベアリングス商会はウェセックス連合王国御用達の大陸でも屈指の商会だった。

 もちろんそんなのは嘘っぱち、ヴェルナールの次なる一手のための布石だった―――。

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