二人の芝居


 「ベアリングス商会だと?」

 「そう申しておりました。それから陛下の仰ったような風貌の男もおらず、軍旗の類もなかったとのことです」


 バドリオは使者の報告にあったことを包み隠さずに伝えた。

 その言葉にティベリウスは、顔を顰める。


 「面白くないのぉ。全くもって面白くない!」

 

 カロリングが後ろ盾をしているミトラ教、とりわけカトリコス派はウェセックス連合王国とは緊張関係にあった。

 というのもウェセックスがプロテスタリーに国教を切り替える間際、引き留めたい一心のカトリコス派は、ウェセックス王と法皇の娘との婚姻を進めた。

 しかしその婚姻を散々に引き伸ばした挙句ウェセックス王はこれを拒否、完全にカトリコス派の面目は丸潰れだった。


 「ヴェルナールの口から出たでまかせだと儂は思うが……お主はどうじゃ、バドリオ?」

 「聞くところによればヴァロワに入ったアルフォンス公国軍は八千、六千では単純に数が合いません。加えてアルモリカにウェセックス連合王国軍が留まっている以上、ベアリングス商会の傭兵であることも十分有り得る話かと愚考致します」


 アルフォンス軍六千とファビエンヌ伯アレクシアの部隊二千の合計八千の存在は、アルフォンス軍八千として帝国軍に伝わっていた。


 「随分と堅実な意見じゃのぉ……」


 つまらないと言いたげな表情でティベリウスは髭を扱く。

 さりとて持ち合わせる情報から分析しようとすればそれはひどく真実味を帯びた見解だった。


 「まぁ、お主の意見を聞いてひとつ、いい事もあった」


 ティベリウスは、口角を僅かに吊り上げる。


 「いいこと、で御座いますか?」


 恐る恐ると言ったようにに主へ尋ねるバドリオ。


 「相手はあくまでもプロテスタリー派のなわけじゃ、仮にその実態がアルフォンス軍であれ他国の軍であれ、公には公表していない部隊なのじゃから潰したところで国家間の戦争にはならないというわけよ」


 ティベリウスの瞳に暗い光が宿る。


 「儂を侮るなよ、若造が」


 対岸を見据えてティベリウスは呪詛のように言うのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「……なんか今、悪寒が走ったんだが……」


 ヴェルナールは自身の身をかき抱くとブルブルと身震いをした。


 「寒さが答えたのでしょうか」


 ノエルがその膝にブランケットをかける。

 季節は厳冬期、まだまだ冬は明けないのだ。


 「閣下、敵陣が俄に騒がしくなって参りました!」


 ヴェルナールの前に駆け込んで来たのは斥候に出ていたアンドレー。


 「いよいよか」


 眼前の帝国軍に向けて木盾が並べられその狭間からは数百のマスケット銃が突き出ている。

 さらに盾の内側には弓箭兵も待機しており迎撃の態勢は万全だった。

 両軍に漂う緊張感はやがて南岸の帝国軍が打ち鳴らす戦鼓の音により否が応でも高まる。

今まさに、アルフォンス軍とカロリング帝国軍とがぶつかろうとしていた――――。

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