撤退戦

 「閣下、敵騎兵が追撃に移ります!」


 アンドレーは後ろを見て叫んだ。

 ヴェルナールの率いる騎兵部隊が丘を降りたとき、帝国の騎兵部隊は丘上に到達していた。


 「数は!?」

 「およそ八百!」

 

 後ろから迫る帝国の騎兵はヴェルナール達の騎兵の二倍だった。


 「正面、敵兵!」


 兵士の誰かが指さして声を上げる。

 

 「退路を塞がれているだと!?」


 ヴェルナールはティベリウスの恐ろしさを知った。


 「そのようですね!」


 アンドレーは言葉こそ落ち着いているまでもその表情には焦りが現れている。


 「聞け!このまま突破する!犠牲が出ても気にせず走り抜けろ!俺が倒れたとしてもな!」


 ヴェルナールは愛馬タナトスに鞭をくれ、馬足を上げた。

 それに合わせて四百の騎兵もまた馬足を上げた。


 「鴨が向こうからやって来たぞ!」


 帝国の指揮官がしたり顔で指揮弁を振った。

 

 「構え!」


 ヴェルナール達の退路を塞ぐのは、銃兵だった。


 「よりによって一番厄介な兵種か!」


 舌打ちをつくが今更方針を変更するなど無理な距離まで間合いは詰まっていた。


 「引き付けろ!」


 有効射程で確実に殺すべく指揮官は、冷静に言い放つ。


 「散開!あとは神に祈れ!」


 有効射程距離を知るヴェルナールは少しでも被弾を避ける騎兵を散開させる。

 

 「残り五十メートル!」

 「構わん!進路このまま!」


 彼我の距離は瞬く間に縮みやがて――――


 「放てぇぇっ!」


 ズダーン、ズダダーン!

 紫煙が漂い百雷の如き音が響き渡る。


 「ぬおぉっ!?」

 「ゴフッ!?」


 無傷とはゆかず、ヴェルナールの側に無視できない犠牲を出す。

 だが今更止まれなかった。

 ヴェルナールは、手網を引き絞る。

 タナトスはヴェルナールの意を汲んだのか大きく前脚をあげると後脚で地面を大きく蹴った。

 そして銃兵達の頭上を飛び越した。

 他の騎兵たちもそれに続く。


 「さ、再装填急げ!」


 馬脚にはね飛ばされ跳ね飛ぶ銃兵を置き去りにして、ヴェルナール達は通り抜けていく。

 慌てて震える手で弾を込め直す銃兵達の再装填は間に合わない。

 二十五騎の騎兵を失いながらヴェルナール達はサン=サンドゥラの街へと滑り込んだ。


 「ヴェルナール、無事か!?」


 ヴェルナールの姿に気づいたエレオノーラは駆け寄った。


 「俺は問題ない。だが予想以上に損害を出した。銃兵の展開が予想より早かった」


 ヴェルナールの言葉にエレオノーラは済まなそうな表情をした。


 「それは……おそらく銃騎兵じゃ」

 「真似されたか……」


 ヴェルナールは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 自身が銃騎兵を率いる人間であると知るからこそ、その厄介さを知っていた。


 「まだ馬上からは撃てぬがな」


 エレオノーラの言葉に一瞬ヴェルナールは気を抜いた。

 が、すぐさま表情を引き締める。


 「だが油断は出来んな。脅威の芽は潰しておくべきか」

 

 ヴェルナールは、ヴァロワの戦乱を収束させること以外に一つの目的を見出す。  

 それは―――――。

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