先制攻撃2
「て、敵襲!」
補給物資を守る千五百の兵士達は焦った。
なぜ敵が現れるのが前方をゆく友軍ではなく自分たちの方であるのかと。
「兎にも角にも槍をとれ!剣をぬけ!」
部隊を率いる指揮官は冷静に兵力を分析すると迎撃の用意を整えるよう命令した。
「敵に態勢を整えさせるな!」
予想以上に反応のいい帝国軍を前にヴェルナールは馬足を早める。
ヴェルナールを先頭に一つの奔流となった騎兵達は補給部隊の横に並んだ。
「全隊、横隊突撃に移行せよ!」
ヴェルナールの声に部隊はすぐさま方向転換をする。
「なんだあれは……」
補給部隊の指揮官は目を見開いた。
九十度の方向転換はそれなりに時間がかかる動作のはずだ。
それをすぐさま行う眼前の敵兵など、今までに見たことがなかった。
それは部隊の兵士も同様、練度の高さを見せつけられた兵士達は俄に動揺した。
「何をぼさっと見ている!?槍衾を用意せよ!」
指揮官は兵たちを叱咤して迎え撃つ準備を急がせる。
だが―――――
「させるかよっ!」
ヴェルナール達の到達が一足先だった。
「一気に突き崩して離脱だ!」
「「うぉぉぉぉ」」
付き従う騎兵四百は地鳴りと土煙を伴って隊列へと突っ込んだ。
隊列のところどころ、かろうじて間に合った槍衾が騎兵を迎え撃つが及び腰で疎らな槍衾など騎兵の敵ではなかった。
騎兵突撃をもろに受けた槍衾がその勢いを殺しきれずに文字通り吹っ飛んだ。
「貴様ら!それでも栄えある帝国軍に属する者か!生きる限り槍を持ち戦え!」
隊列中央から指揮官が口角泡を飛ばし叫ぶが彼はその視界にヴェルナールを捉えたのだった。
「むぅん!」
指揮官はヴェルナールが騎兵部隊の指揮官と判断するや馬上で槍を水平に構える。
そして通り抜けたヴェルナールを追ってきた。
ヴェルナールはその姿に気づくと馬首を返した。
「いざ尋常に勝負!」
「帝国にも骨のある武人があると見受ける!その勝負受けよう!」
一度の攻撃に留めるつもりであったヴェルナールはしかし、自ら勝負を仕掛けにくる若い指揮官を見ると方針を変えた。
「はぃやっ!」
掛け声と共に馬に鞭くれ補給部隊の指揮官はヴェルナールとの距離を詰める。
ヴェルナールもまた愛馬タナトスの手網を軽く引っ張る。
タナトスは、それだけでヴェルナールの意図を察したかのように駆け出した。
まさに人馬一体、良い主人と良い馬だった。
彼我の距離は縮まり勝負は一瞬―――――二人はすれ違った。
その場に響く鈍い音、そして何かが撒き散らされる音。
「勝負あったな」
ヴェルナールは、馬から崩れ落ちた若い指揮官に見向きもしない。
「もうひと当てしますか?」
アンドレーが兵をまとめて傍まで来ていた。
「あぁ。戦闘が終わったら彼を丁重に葬ってやれ」
「はっ!ならばすぐさま敵を片付けましょうぞ」
武人としての本懐を遂げた若い指揮官をそのまま放って置くわけには行かないとヴェルナールは判断したのだ。
「そうだな」
ヴェルナールは槍を握る手に力を込めた。
「お前達、このまま指揮官不在の敵を叩きのめすぞ!」
補給部隊とその物資をみすみす逃すわけにはいかないと騎兵達は再び補給部隊に遅いかかった。
そこから先は乱戦だ。
「先任指揮官は討死した!後任は誰が務め――――ゴフッ!?」
態勢の整わぬうちにまるで往復ビンタのように騎兵が遅いかかる。
「と、とにかく物資を守れ!」
「誰ぞ、本隊へ連絡を!」
指揮官を失った部隊は、面白いように騎兵に狩られもはや崩壊寸前だった。
かろうじて戦闘を継続できているのは、兵数が騎兵達よりも多いからに過ぎない。
「本隊に走らせるな!」
離脱する数人の敵兵を見かけたヴェルナールは、すぐさま騎兵を追っ手に出す。
連絡に走った者達は、背後から槍の一突きを受け絶命した。
だが、連絡を走った兵士達を突き殺した騎兵は戻ってくる一団に気づく。
そしてヴェルナールの元へ急いで戻り伝えた。
「そうか戻ってきたか」
ヴェルナールは一瞬、つまらなそうな表情を浮かべたがすぐさま撤退を決断した。
「当初の目的は果たした!全員、サン=サンドゥラまで退却だ!」
潮が引くように、先程まで乱戦の最中にあった騎兵達は退却に移った。
辺りに夥しい量の帝国軍兵士の骸を残し彼らは何事もなかったかのように去っていく。
残された兵士達はその姿を茫然自失としたまま見送ることしか出来なかった。
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