算段

 ヴェルナールの送ったヴァロワ国軍のオルレアンへの派遣を求める使者がグランパルリエに着いた頃、ヴェルナールとエレオノーラは地図を前に頭を突き合せて方策を練っていた。


 「カトリコス連中と帝国軍に合流されては面白くないのぉ」

 「全くもって同感だ。これではカトリコス連中の物資を燃やした意味が無くなる」


 物資が潤沢な帝国軍がカトリコス勢力の物資難に援助の手を差し伸ばすのは目に見えていることだった。


 「それ故に妾は先制攻撃により帝国軍を誘導することを提案するのじゃ」

 「騎兵を用いての機動戦ということか。なら場所はこの辺りか」

 

 ヴェルナールが地図の一点を指し示す。

 場所はオルレアンから向かって東、サン=サンドゥラの集落だった。


 「ふむ、その場所を選ぶ理由を教えてたもれ」


 「地図じゃ分からないが、ヴァロワ継承権戦争のときにその辺は確認しておいた。それまで一本だった流れがその一帯でだけ数本の流れに分かれている。そして川は湾曲していて北岸の方が高さがある」

 「つまりは守りやすい地形ということじゃな?」

 「そういうことだ。お前の騎兵を借りたいところだがヴァロワにいることがバレたらマズイのだろ?」

 「うむ……すまんの」


 エレオノーラは俯いた。

 エレオノーラの存在が直接的に露見することはなくても、率いる兵が捕らえられ露見してしまうことが考えられた。


 「いいさ。その拠点を一日守り通せれば」

 「何か兵の調達先に心当たりでもあるのか?」

 「公国うちの軍六千をここから一日の距離に待機させている。今日にも出撃命令は届いているはずさ」


 ヴェルナールがオルレアンに戻るにあたってその軍もまた南へと動かしていた。

 想定外の事態の出来を想定してのことだった。

 

 「じゃが敵はそれでも二倍以上じゃぞ?」


 母国であるカロリングをエレオノーラは敢えてと表現した。

 それが彼女の今の立ち位置だった。


 「遅れて到着するだろうヴァロワの国軍を布陣させる。これで兵力差は少しは縮まるだろう」

 「膠着状態を作り、その間に撤退の交渉を進める。こういうことじゃな?」

 「あぁ、だがティベリウスがなんの成果も無しに退却するかが問題になるだろうな」

 「臣民に何と伝えるか……うむ……少なくともどこか一郡切り取るぐらいしなければ割に合わないじゃろうのぉ」

 「それをどうにかするのが俺達の役目だ」


 士官学校時代、成績の良かった二人の会話はテンポよく進む。

 二人が二人共にできる人間であることの証左だった。


 「閣下!帝国軍、ヴィシーの北に到達!」


 ノエル配下の間諜が走り込んで来て息も乱さず敵情を告げた。


 「ご苦労。プロテスタリーへの牽制も兼ねて川の南岸に針路をとるつもりか」

 「おそらくはその通りであるかと!」

 「引き続き頼む」 

 「はっ!」


 間諜の男はすぐさまその場を去った。


 「時間的には既に夕方を迎えている。今夜の宿営地はヴィシーで決まりだな」


 そう言うとヴェルナールはほくそ笑む。


 「夜襲か?」

 「いや、今からでは距離もあるし時間の調整が難しい。朝方に奇襲する」

 

 起き抜けの時間を狙おうというのがヴェルナールの算段だった。


 「アンドレー!兵達を寝かせておけ。夜半には出立する」


  傍に控えるアンドレーに用意させるとヴェルナールは葡萄酒を呷った。


 「俺も寝る。後は任せた」


 一度決めたらすぐさま行動に移す、それがヴェルナールという人間だった。

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