無策
「火事だっ!」
ヴェルナールがカロリング帝国のヴァロワ越境を耳にしたその日の夜、ルネティナ橋の南側で陣を構えるカトリコス勢力の陣中で火災が起きた。
周囲を明るく照らして燃え上がるのは、カトリコス勢力の蓄えてきた糧食や武器だった。
「まずい!消火しろ!」
異常事態に気づいた補給部隊の指揮官が口角泡を飛ばしながら命令するが、もはや完全な焼失は時間の問題だった。
「水はどこから!?」
命令された兵達は戸惑った。
彼らの位置は主軍の後方、ロアール川からの距離も僅かではあるが離れていた。
「川があるだろう!?」
「少しばかり距離があります!」
「いいからさっさと行かんか!」
指揮官は兵士達の言葉に聞く耳を持たず、頭ごなしに命令を下す。
兵士たちはこれ以上、何を言っても無駄だと判断し口を閉ざす。
兵士たちは仕方なく木製バケツを持って川へと走った。
その間にも火の手は増していく。
台車から積んでいた物資を下ろして布で覆うなど、その場に残った兵士たちは工夫を凝らすが手遅れの感が否めない。
火事を起こした者達は、既にその場におらず補給部隊の将兵はやり場のない怒りに悶々とするばかりだ。
「上手くいったようだな」
北岸から様子を見ていたヴェルナールはほくそ笑んだ。
戦力が拮抗してるからこそ、補給部隊に割く兵力は少なくせざるを得ない。
「送り出した者達も無事に帰って参りました」
「それは
ヴェルナールは、セルジュに頼んでヴァロワ領内の小麦を買い集めるよう指示を出していた。
「食糧が手に入らなければ、継戦は不可能。と言っても効果を発揮するにはだいぶ時間がかかるだろうがな」
プロテスタリー派の側もいずれは、糧食の購入が不可能となる。
カロリング帝国との戦闘の間さえ、物資が整っていればいいのだ。
物資が整わないのなら自身が供給すればいいだけの事、その手筈も既に整えさせていた。
「ところで閣下、カロリングとの戦闘に関して具体的な策はあるのですか?」
「……」
アンドレーの質問に関して、ヴェルナールは沈黙で返す。
「そうですか……」
聞かない方が良かったなぁ……と申し訳なさそうな顔でアンドレーは頬をかいた。
「いやぁ……あんまりにも練度と兵力に差がありすぎてな……野戦する気も起きない。補給部隊の護衛を少なくするような馬鹿なことはしない連中だから隙がない」
アルフォンスの国軍を動員する気など、ヴェルナールにはさらさらない。
「己が兵を損なわずに勝つ、こんな難しい話はないな。今更になってウェセックス連中の介入が必要になってきた」
ヴェルナールは苦笑いを浮かべた。
「ヴァロワの国軍を動員するというのは?」
「それも一つ案としてはあるが、その時は国家間の争いも辞さない覚悟が必要だろうな」
イリュリア大同盟が崩壊した今、カロリングの東の脅威は既に消えていた。
つまり、西側に注力できる態勢にあるということだ。
五万近くの兵力を動員できるカロリング帝国を相手に内紛状態であるヴァロワが戦争事態となったとき、ヴァロワに勝ちの目は見えない。
セルジュにその覚悟はあるのか、ヴェルナールには疑問だった。
「兎にも角にもそういうわけで、現状では策を立てずらい。打開の糸口が向こうからやってくればいいんだがなぁ……」
「そんなことあるわけ―――――」
「ヴェルナール!!」
遠くから聞こえる聞き慣れた声。
「もしかしたら本当に来たのかもな」
ヴェルナールの目に光が戻った瞬間だった。
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