青天の霹靂

 「おぉ、コンデ公自ら迎えてくれるとはかたじけない」

 「有力な協力者相手に失礼な振る舞いはできませんからな」

 「有力などとんでもない、しがない伯爵ですよ」


 芝居がかった仕草でヴェルナールは、コンデ公と言葉を交わす。

 もちろんその場にはヴェルナールの顔を知るはずのコリニー将軍もいたがコンデ公と言葉を交わす男がヴェルナールとは気づいていない。


 「しかし少しばかり不気味な仮面ですな。素顔では何か不都合なことが?」

 

 ヴェルナールの顔にある銀色の仮面をコンデは訝しむ。


 「不都合と言えば不都合ですね。私の顔はアルフォンスとの戦争に負けた際、酷い火傷を負い人前で見せることの出来るものではないのですよ。見せろと仰るのであれば恥を忍んでお見せしますが……」


 ヴェルナールの出まかせに、コンデは申し訳なさそうな顔をした。


 「疑って済まなかったな。仮面で素顔が分からなくとも我々は心を共にする同士、ぜひタクシス侯の力を存分にふるって頂きたい」


 ヴェルナールは一昨年グレンヴェーマハで相見えたタクシス侯を装っていた。

 元々違う国の貴族同士、互いの顔など知る余地もない。

 それをいいことにヴェルナールのでまかせをコンデ公は信じて疑わない。


 「お任せあれ。十倍のアルフォンス軍を翻弄させた私の知略、遺憾無く発揮してみせましょう」


 ヴェルナールは内心、自分のでまかせに笑いそうになっていた。

 はっきり言ってタクシス侯は無能の一言に尽きる男だった。

 手柄に焦り先陣をきって攻撃してきたが数を下回るアルフォンス軍に撃退されているのだから。

 タクシス侯がアルフォンス軍を振り回した事実などないし出来もしない。


 「ほほう、これは頼もしい!是非にも参謀になってもらいたいところだ」

 「願ってもないこと、是非にもお受けしたい!」


 難しいことは出来る人間に任せる、至極当然のことではあるのだが出会って間もない人間によくそんなことが出来るな……とヴェルナールは呆れた。  

 或いは決断が早いのかとと思ったがやはりそうではなく深くは考えていないのだろうと結論づけた。


 「では宜しく頼もう」


 かくしてヴェルナールは、プロテスタリー派の最大勢力を率いるコンデ公に取り入ったのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「おいおい、あんなに操るのが楽な人間、そう簡単に見つけられないぞ?」


 ヴェルナールは上機嫌で葡萄酒をあおった。

 だが、その場に控えるノエルは申し訳なさそうな表情を浮かべている。


 「ノエル、そんな湿気た顔をしてどうした?何かあったか?」


 上機嫌な主君を目の前にして、真逆の内容を伝えるのだからノエルはどう言い出すべきかと迷った。


 「なんだ、言い出しにくいことか?」

 「言い出しずらいといえばそうですね……」

 「今の俺は機嫌がいい、どんなことでも受け止めてみせるぞ?」


 ヴェルナールは赤ら顔のまま言った。


 「では申し上げます。その……カロリング帝国軍一万五千がヴァロワ国境を越えました」


 ヴェルナールはグラスを取り落とした。

 そしてしばらくの間、事態を飲み込めずに目をしばたかせる。


 「え、今なんて……?」

 「ですからカロリング帝国軍一万五千がヴァロワに入りました」

 「あんのタヌキ親父ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 ヴェルナールは思わず吠えた。

 ヴァロワにおけるプロテスタリーとカトリコスの対立は今まさに新局面を迎えようとしていた――――。

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