二人の夜


 「お帰りなさい」


 ヴェルナールがグランパルリエに戻ると真っ先に出迎えたのはオレリアだった。


 「こんな時間なのに起きていたのですか?」


 入城したのは日付も変わった頃合い、この時間でもオレリアは寝ずに待っていたらしかった。


 「帰ってくると分かっているあなたを差し置いて先に寝るような真似を出来るくらい神経が図太いのなら、もっといろいろやり易いのでしょうね」


 オレリアは、ふっと笑みを浮かべた。


 「お気遣いありがとうございます」

 「礼を受けるようなことじゃないわ。貴方への感謝は尽きないのだから」


 セルジュの統治を歓迎する一部のヴァロワ国民の間では、ヴェルナールは救国の英雄的な捉え方をされている程だった。


 「感謝される言われはありませんよ。私は私の責任を果たしているまでです」


 自身が得る利益のためにセルジュを王座に就けたヴェルナールは、ヴァロワの国体維持のために国民に対して或いは国家そのものに対して責任を負っている、そういうふうに考えていた。

 故にセルジュの優しくも未熟な統治を監督するのは自分の役目なのだと。


 「その責任を科してしまったのは私のわがままなのですから」

 「最後に決断したのは俺自身です」

 

 セルジュを王座に就けたいがためにヴェルナールに接触を測ったのはセルジュの妹であるオレリアだった。


 「私はその責任を貴方と一緒に果たしていきたいわ。一人よりは二人の方が楽でしょう?貴方が創ったこの体制を、セルジュの目指す国を私は愛しているの」

 「ははっ、心強いですね。疲れたときに丸投げ出来そうです」


 ヴェルナールは笑いながら茶化した。


 「まぁ、私一人に寂しい想いをさせるつもりですの?」

 「冗談ですよ」

 

 気を利かせてオレリアが注いでくれたグラスを受け取ると、互いのグラスを軽く突き合わせた。


 「「ヴァロワの未来に乾杯」」


 半透明のワインレッドに未来が見えるはずもなかったが、二人はその香りに酔いしれた。

 

 「これからは、もう少し頻繁に会いに来て貰えませんの?」


 酒精で朱を帯びたのか、或いは照れているのかやや顔を赤らめながらオレリアは言った。


 「どういう意味でしょうか?」

 「そのままよ。セルジュに言われたの。ヴェルナール殿と婚姻関係を結ぶかもしれないと」

 「俺の知らないところで話は進んでいるのですね」

 「ブリジットさんや、カロリングの皇女を見ていると楽しそうだから、私は貴方との婚姻には前向きなの」

 「そ、そうですか」


 面と向かって女性の側からされる婚姻の話にヴェルナールは困り果てた表情を浮かべた。


 「貴方から見て、私はどんな女に見えますの?」

 「そうですね。思慮深くて気を利かせられる、そして何よりこの国を愛してらっしゃる。国の指導者として、そして一人の女性として非の打ち所がない人だと思っていますよ」

 「ふふ、なんだか面映ゆいわ」


 オレリアは鈴を転がすような声音で笑った。


 「それなら、もう少し自身を持っても良さそうですわね。貴方の取り合いに……」


 最後の方は、消え入るように小さい声だったのでヴェルナールに聞こえていなかった。


 「最後の方は聞こえませんでしたが、是非自身を持ってください」


 この発言が、新たな問題を起こすのだがそれはまた別のお話。

 二人の夜はゆっくりと更けていった。

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