民草と貴族

 「お前達の身柄は、しばらくこちらで預からせて貰うぜ?」


 縛り上げられた諸将を前にヴェルナールは言った。


 「どうするつもりだ?」

 「俺達商売人の求める者が何かなんて言わなくてもわかるだろう?」


 ヴェルナールは、あくまでも自身が何処かの商会の人間であるという設定を貫き通していた。


 「フン、金か。卑しいな」


 面白くないのか小馬鹿にしたような態度でエルメネヒルドが言うと、ヴェルナールも思うところあるのか


 「お前ら王侯貴族どもが言えたことかよ。民から税金むしりとって自分の懐を越えさせてるくせに」

 「それは生まれの血が貴い故の特権だ」


 エルメネヒルドは、さもそれが当たり前のことのように悪びれもしない。


 「生まれの血が貴いだぁ?民草はな、貴族サマの支配なしでも勝手に生きていけるんだぜ?むしろ民草の税金に蛆虫の如くたかる貴族サマってのは、民草よりもよっぽど生きてく能力が低いだろうよ」


 それはヴェルナールが常々思っていることことであり、政務にあたるに際して常に心掛けていることだった。

 民草は何処でも生きて行けるということはつまり王侯貴族など不要ということなのだ。

 それを知っているからこそ、ヴェルナールは己の血が貴いなどという考えには至らない。


 「ぬかせ……貴族社会があるからこそ、その制度のもと民草は生きていけるのだ」

 「随分と盲目的な考えだな。なら、一つ現実を見せてやろう。お前達は今日、俺のような平民の率いる民草の軍隊に負けたのだぞ?ヒスパーニャの正規兵が、自身を貴い血を持つ人間であると豪語するお前が」


 ヴェルナールはそう言うと腹を抱えて笑う。


 「……ほざけ……貴族を馬鹿にするような発言、後で痛い目を見るぞ?」


 それでも自身が貴いという主張をエルメネヒルドは変えることは無い。


 「ひとつ忘れているみたいだなぁ?お前の生殺与奪の権限は今、お前の卑下する民草に握られてるということをな」


 ヴェルナールはそう言うと剣を抜いた。

 予想外の行動にエルメネヒルドは目を見開く。

 

 「何をする!?ぬおっ!?」


 ヴェルナールは、縛られたエルメネヒルドの後ろに回り込むと剣を水平方向に素早く走らせた。

 これから自身を襲うだろう斬撃と痛みを想像し、エルメネヒルドはきつく目をつぶった。

 だがその痛みはいつまでたっても襲ってこない。

 代わりに後ろで縛っていた髪を切り落とされていた。

 

 「こういうことだ」


 ヴェルナールはつまらなそうに言うと剣を鞘へと戻しその場を去った。

 その後やってきた荷車に捕縛された将校達は乗せられ一路パルリエを目指すこととなった。

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