奇襲


 ヴェルナール率いる騎兵は勢いそのままにヒスパーニャの幕営地へと針路を変えた。


 「味方を襲っている敵はおそらくこっちにも来るはずだ!槍衾を構築しろ!」


 軍全体の指揮を執るエルメネヒルドは襲われた味方に気付くとらヴェルナール達の動作を予測し備えを進めさせていた。

 自軍の犠牲を最小限に抑え且つ体勢を立て直すための最良の選択ではあるが今回ばかりは相手が悪かった。


 「閣下の突撃を援護しろ!銃兵構え、放てぇ!」


 ヒスパーニャ軍の幕営地の後方から響く、百雷を落としたかのような轟音。

 他国において未だ存在の知られていない新兵器のマスケット銃の射撃音だった。


 「う、後ろを取られた!」

 「敵は何やら怪しい武器を持っているぞ!」


 突然の銃声に兵士達は慌てふためいた。

 体勢を整えたといってもそれは、ヴェルナール率いる騎兵の迫る方向に対してだけだった。


 「かかれーっ!」


 アンドレーが主君であるヴェルナールを見習うかのように先頭にたって槍をしごく。

 すると面白いようにヒスパーニャ軍の兵士達が鎌で薙いだ草のように倒れ伏した。

 自分たちの後方で戦闘が始まると槍衾を構築する兵士達の気もそぞろだった。


 「誰か後ろに人を寄越せ!」

 「このままだと崩壊するぞ!」


 蜂の巣をつついたような騒ぎとなる幕営地、せっかく構築したはずの槍衾に多くの綻びが生じ始めた。

 ヴェルナールはその機を逃さない。


 「総員、突撃!」


 綻びの生じた槍衾には精鋭の重装騎兵を止める程の効力はない。

 衝撃力の高い突撃を受けると共に槍を跳ね上げられ、胴体を馬上槍に串刺しにされそのまま引き摺られて行く。


 「ヒギィィィッ!?」

 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!」


 とても人間の発する声とは思えない、絶命の叫びにヒスパーニャ兵達は及び腰になる。

 戦の流れは完全にヴェルナールの側が掴んでいた。


 「敵は寡兵ぞ!数を活かして戦うのだ!」


 エルメネヒルドは懸命に叱咤激励を飛ばして指揮を執り続けようとするが、もはや取り返しのつく事態ではなかった。


 「い、命あっての物種だ!」

 「逃げよう!」


 兵士たちは故郷から離れたヴァロワの地で死んでたまるものかと武器を放り捨て逃げ始める始末。

 一人が逃げれば誰かがそれに倣う、といった調子で次々にヒスパーニャの兵士たちは逃げ出した。

 

 「今だ、押し潰せ!」


 そこにノエル率いる歩兵が乱入。

 三方を囲まれた敵は面白いように倒れていく。

 誰がどこからどう見てもヴェルナール達の圧勝だった。

 ヒスパーニャ兵達は我先にと争うように、アルフォンス軍のいない南側へと集中し仲間を踏み潰してでも逃げようと必死に藻掻く。

 その背中は格好の狙い目とばかりに容赦のない槍や剣が突き立てられる。

 血なまぐさい一方的な展開での戦闘は、エルメネヒルドが投降をけついするまでしばらく続いたのだった。

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