新たなる脅威

 「書状に書き連ねた通りなので、既にヴェルナール殿も知っていることとは思いますが、改めて説明しておきたいと思います」


 セルジュはそう言うとちらりとアレクシアを見た。

 突如としてとなった宰相リシリューに変わって宰相代行という立場となったファビエンヌ伯アレクシア。

 女性としての宰相又はそれに準ずる役職への起用は、ヴァロワ朝の歴史が如何に長いといっても二人目だった。


 「かしこまりました」


 アレクシアはテーブルを囲むセルジュ、オレリア、ヴェルナール、ベルマンドゥワに一礼した。

 

 「現在の情勢を纏めると、ギュイーズ公とそれに与する者達がロアール川南岸の諸都市を占拠して回っています。一方でコンデ公やコリニー将軍らの部隊は北岸を固めている状況です。特に軍部からの信頼の厚いコリニー将軍がプロテスタリー派となったことで、国軍の部隊までもが勝手にコリニー将軍の元に参陣していて兵力で言えばギュイーズ公側が五日前の時点で四千五百、コンデ公の側が六千余でプロテスタリー派の方が優位の状況です」

 

 アレクシアはそこまで言うと言葉を切った。


 「ところが情勢は変わってしまったと」


 ヴェルナールがアレクシアの言葉を継ぐように言った。


 「さすがの情報網だな」

 「ヴァロワの課題は我が国の課題ですからね」


 ヴェルナールは、既に新たに起こった出来事を掴んでいた。


 「情勢が大きく変化したのは三日前のこと、ヒスパーニャの軍隊が突如として越境を開始し、カルカッソンヌにいるシャルルの手勢と合流したことが確認されました。越境したヒスパーニャ軍は五千、それに加えてシャルルの手勢が二千五百。これにより優位に立つのはカトリコスの側となりました」

 

 ヴァロワの王族であるシャルルの名をアレクシアは呼び捨てにした。

 そこには、尊敬するに値しないという気持ちと国家を乱す連中という侮蔑の気持ちがあった。


 「一万二千対六千か……ここからまだ増えるんだろう?対立の本質を察するに」


 宗派の対立など所詮はお題目、その本質は新興貴族と古株貴族の対立にあった。


 「ヴェルナール殿、私の国が嫌いになりましたか?」


 深刻な表情を浮かべたセルジュがヴェルナールに話しかける。

 するとヴェルナールは、ふっと息を吐いて笑ってみせた。


 「こんなことで争ってられるくらいに余裕があるのは羨ましい限りです。公国うちでこんなことやってたら国家転覆の危機ですからね」

 「ははは、それもそうですね」


 場の空気が重くならないよう機転をきかせたヴェルナールのジョークにセルジュは頬を綻ばせた。


 「それはさておき今後どう対応していくか、これが難問ですね」

 「そうなんです。あっちを立てればこっちが立たない。バランスのとり方が難しいところです」


 二つの宗派が入り乱れ対立する現状、どっちかを優遇するということは出来ないのだ。

 どちらの勢力も武力を持っている以上、見捨てたどちらかの勢力が国家に対し反旗を翻すことは容易に想像がつく。

 何をもって対立の解決への落とし所とするか、あるいはどう穏便に事態を収束させるのかが最大の論点だ。


 「とりあえず大事なのはバランスですから、プロテスタリー勢力が敗北しないよう立ち回るべきなのかもしれません」


 ヴェルナールがグラスに口をつけると言った。

 

 「国家のしての体面を大事にするのなら、ヒスパーニャが後ろ盾のカトリコスに肩入れする必要はないですからね」

 「でもやり過ぎは、二国間の対立に発展しかねないですわ」


 それまで黙って話を聞いていたオレリアが料理を口に運ぶ手を止めた。


 「オレリア殿の仰ることはもっともです」


 ベルマンドゥワがオレリアに追従する。


 「ならばどう手を引かせるか、ですね」

 

 ヒスパーニャの情勢に頭を巡らせながらヴェルナールは言った。


 「そこはヴェルナール殿の得意そうなところですが……」


 セルジュが何か妙案は無いのかとヴェルナールに視線を移した。


 「こればっかりは時間が欲しいですね。ただ一つ言えるのは、このヴァロワをウェセックス連合王国とヒスパーニャの代理戦争の場にさせないことです」


 宗派ともぅ一つ、宗教絡みの婚姻関係で揉める両国、この両国の代理戦争の場となれば国土の荒廃と夥しい流血は避けられない。


 「確かにそれは一大事です。私と宰相代行で相談して外交官を両国に派遣しましょう」


 セルジュは、すぐさま行動に移す意思を示した。


 「そちらの方は頼みます」


 ヒスパーニャに思考を巡らすことに余念のないヴェルナールは短く答えるのだった。

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