第168話 事実と事実

 「――――というのが昨日起きたことの顛末でした」


 修道院図書館を拠点としていた護教騎士団勢力を一掃した翌日の選帝侯会議でヴェルナールは、修道院図書館で起きたことに加えてアオスタ公の暗殺の主犯について話した。

 捕らえた護教騎士団員を尋問したところ、カロリング皇帝ティベリウスの権威失墜とティベリウスに対しての不信感を煽ることを目的に行ったことを自白した。

 そしてそれはノエル麾下の間諜達の活躍により水際で防がれたティベリウスによるアオスタ公暗殺を知った上での犯行であったことも。


 「亡くなられた三人の参席者を手にかけた下手人については私の間諜達による調査を行っております。既に真相は明らかになりつつありますので公表は近々のうちに行います。それまでお待ちください。また、ミッテルラント市の警護部隊の全面協力を得ましたので、今後こういったことが起きる可能性はだいぶ低いかと思います」


 どよめく選帝侯や司教を落ち着かせるべくヴェルナールは、身の危険は去ったことを最後に述べた。


 「なぜ、今公表できないのですか?」


 ヴェルナールの言葉に異論を唱えたのは選帝侯会議の会場としてミッテルラント大聖堂を貸しているタルアンリ司祭だった。


 「まだ不確かな点が幾つかあり、あやふやな事実を伝えてしまうことで皆さんを混乱させないようにという私なりの配慮です」

 「そうでしたか……。私としてはプロテスタリー派による犯行も噂されている現状、一刻も早く主犯の公開をして欲しいところですがね」

 

 選帝侯会議の参席者は軒並みカトリコス側の人間で会場がプロテスタリー派の地域。

 プロテスタリー派による犯行が疑われるのは当然のことだった。

 もちろんヴュルツブルク公バルバロッサを殺すことを主目的として選帝侯会議を開いたヴェルナール自身が、少しでも自分への疑いを他の方向に向けるために仕組んだことだ。


 「それについても後ほどの公表までお待ちください」


 ヴェルナールが丁寧に返すと、これ以上は何を言っても無駄と判断したのか司祭は黙った。


 

 ◆❖◇◇❖◆


 「ティベリウス殿、わざわざ時間を作ってもらいありがとうございます」


 ヴェルナールは選帝侯会議の後、ティベリウスと秘密裏に話し合いの場を設けていた。


 「儂は、本国から送られてきた書類に目を通すのに余念が無い。要件は手短に頼もうかの」


 ティベリウスはヴェルナールに目を合わせることも無く言った。

 ヴェルナールがここに来た理由は一つ、自分が選帝侯会議を開いた真の理由を知る人物によるの公表を防ぐためだ。

 無論、対価も用意してある。


 「アオスタ公暗殺未遂事件に携わったティベリウス殿の隠密がラウエンブルク殿の暗殺に関与したことを自白してくれましたよ」 

 「もしもの際は舌を噛んで死ねとキツく言いつけておいたのじゃが……忠臣ではなかったということかのぉ。それで儂を脅しに来たのか?」

 「脅すなどと滅相もない、お願いをしに来たのですよ」

 

 ヴェルナールは少しおどけて見せるとティベリウスは鼻で笑った。


 「ティベリウス殿は、ヴュルツブルク公の暗殺の主犯を私だと考えいますね?その上で私を貶めることを意図してラウエンブルク殿を殺し、私が目障りと思っていそうな人物を殺すことで私を連続殺人の主犯に見せかけようとした。それだけにとどまらずティベリウス殿にとって邪魔なアオスタ公までもを屠ろうとした」

 「儂が考えていると言うよりかは、事実そのものだろう?」

 「あなたの中での事実はそうかもしれません」


 そう言うとヴェルナールは愛想のいい笑顔を浮かべた。


 「そこで取引です。を貴方は墓の中まで口外にしない。そして私は私の知る貴方の犯行を口外にしない。どうでしょうか?至極簡単で面倒のない取引です」

 「代わりに何を公表するのじゃ?」


 ティベリウスが自身の犯行を認めることは決してない。

 知らないことであるとばかりに、ヴェルナールに尋ねた。


 「他の証拠は既に用意してありますとも」


 ヴェルナールもまたヴュルツブルク公バルバロッサの暗殺を認めることは無い。


 「そうか。ならば取引成立としよう」


 仕方なく、といったようにティベリウスはヴェルナールの出した取引を受けることにした。


 「明日の選帝侯会議、楽しみにしていてください」


 ヴェルナールは相好を崩すことなくそう言うとティベリウスの元を去ったのだった。

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