第169話 終幕

 「アンドレー、用意は出来たか?」

 「直筆と相違ない出来栄えのものを準備致しました。ただ……」

 「ただ?」

 「双方の家臣団がこれを知ったとき、どのような反応を示すのか……それが気がかりでなりません」

 

 アンドレーの言うことはもっともで、その後の処理によってさらなる火種を産むことは有り得る話だ。


 「その点は既に手を打ってある。というのもヴュルツブルクの家臣団は解体し公国うちに仕えたいもののみ登用するよう指示を出しておいた」


 ヴュルツブルクを暗殺するために開いた選帝侯会議に参席する前にヴェルナールは事後の処理の指示を出しておいたのだった。


 「とりわけヴュルツブルクに忠誠心の高いもの達には、すまないが消えてもらう」

 「妻子はどうするので?」

 「それはおいおい考えていけばいい」


 アンドレーは、ヴェルナールの発言を酷い仕打ちであるとは思わなかった。

 元はと言えばヴュルツブルク公はエルンシュタット貴族で、ヴェルナールの暗殺をも目論んだ食えない男。

 そんな男を選んだ家臣に、そしてそんな男の妻子に憐憫を抱く必要は感じなかった。


 「ラウエンブルクの家臣団に対してのみ、用意したを伝える。彼らがヴュルツブルクの家臣団に恨みを持たないよう、ヴュルツブルク領の消滅及び家臣団の解体も併せて伝えるつもりだ。自分の君主をがどうなったのかをな。話の落とし所としては適当だろう?」


 選帝侯会議の参席者三人の殺害についてヴェルナールもティベリウスも何一つ関与していないという新しい事実。

 その証拠を持ってヴェルナールは今日も会議へと足を運ぶのだ。


 ◆❖◇◇❖◆


 「さて、昨日話した三人の殺害の下手人についてですが情報が纏まったのでこの場を借りて各々方に公表したいと思います」


 ヴェルナールの言葉に、その場に居合わせる全員が耳目を傾ける。


 「ではまずはバルバロッサ殿の殺害についてですが……指示を出したのは北プロシャ侯でした」


 天井の高い聖堂内に広がるざわめき。


 「しかしながらこれはバルバロッサ殿に起因する事柄なのです。タルヴァンによる工作により実現した大陸中央同盟とアルフォンス・ファビエンヌ伯国・メクレンブルク公の連合との戦争は大陸中央同盟の敗北に終わったのは各々方も周知の事実かと思いますが、エルンシュタット王国は崩壊しベルジクは亡国となり北プロシャ選帝侯領のみが無償のまま残る形となりました。敗戦の責任はナミュールにおける戦闘でいち早く降伏したラウエンブルク殿にあると考えたタルヴァンは、新しく接近してきたバルバロッサに対してラウエンブルクの暗殺を命令しました」


 ヴェルナールは、革の鞄から証拠として用意した紙を取り出す。

 そこにはバルバロッサの直筆と思われるサインが添えられており、タルヴァンからの依頼によりラウエンブルクの暗殺を命じる主旨の内容が書かれている。

 俗に言う命令書だった。

 本物は責任者の元に渡っておりこれはあくまでその写しであるというていで、ヴェルナールはその紙を回覧させる。


 「これは紛うことなきバルバロッサ殿の字じゃ」


 この場で最大の権力者であるティベリウスが、ヴェルナールの公表する事件の虚偽事実に便乗する形で言った。


 「しかし我がアルフォンス公国としては、一瞬ではありますが形式上支配下となったヴュルツブルク公によるラウエンブルク殿の暗殺は看過しがたい事柄。秘密裏の使者を用立ててその事をラウエンブルク殿に伝えました。しかしこれが間違いであったと私は思っています。ラウエンブルク殿はあろうことか逆にバルバロッサ殿の暗殺を企てたのです。こちらも併せてご覧下さい」


 革の鞄から取り出したもう一枚の紙。

 それは紙と言うよりかは書簡だった。

 差出人はラウエンブルク、宛先はヴェルナールだった。

 内容を要約すれば、バルバロッサによる暗殺の企てを知らせたことへの感謝、そしてアルフォンスの支配下にありながら服従の姿勢を見せないバルバロッサの暗殺を企て、それをもってアルフォンスとの国交の正常化を図りたいというもの。


 「如何に私に利があることとはいえ、己や他人の手を汚すまでのことにあらず、私はすぐさま止めるようラウエンブルク殿に使者を走らせましたが時すでに遅く、この事態を止めることは出来ませんでした。これが二人の死にまつわる真実です」


 ヴェルナールの発言は自らの失態が影響を及ぼしていることから責任の一旦は自らにあるとしつつも、暗殺を止めた側として自らの暗殺への関与を否定するものだった。


 「アルフォンス公は、ヴュルツブルク司教領をどうするつもりで?」


 ミュンヘベルク大公が尋ねた。


 「事件の原点とも言えるヴュルツブルク公の家臣団は解体します。領土は戦後の領土仕置に従って我が国の支配領域になります」


 ヴェルナールは隠しもせずに言った。


 「死人に口なし、適当な証拠を捏造している可能性も想像出来るが?」


 ミュンヘベルクはヴェルナールをその場にいる誰よりも疑う。


 「もちろんそんなことはありません。疑うようでしたら自分で調べたらいいでしょう」


 ヴェルナールは不機嫌そうな顔で言った。


 「まぁ大公、アルフォンスの諜報力は目を見張るものがある。これで事件が片付くのなら良いと思うのじゃが?」


 深く探られては困るティベリウスは、自身の影響下にあるミュンヘベルク大公を丸め込みにかかる。


 「確かに……疑うような真似、失礼した」


 ミュンヘベルク大公はそれ以上、疑うことをしなかった。

 その後、選帝侯会議参席者全員による共同声明を発表し選帝侯会議は終幕した。

 二人の選帝侯が新たに欠けた今回の選帝侯会議、もはや投票権を持つ者が三人しかいないことから次期法皇の投票は先送りとなったのだった。

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