第166話 再戦

 床に積まれていた本の上から腰をあげると、血を流し倒れる女剣士を足蹴にしてクルデーレは歩き出した。


 「テッサリアの火なんて無粋な者はねぇよなぁ?」

 「ないな」


 あったとしても今のノエルは、テッサリアの火を使える状況にない。

 クルデーレは湾刀に付着した血を振り払う。

 生ぬるい血液が頬に飛んできた。

 俺も剣を構えて間合いに意識を傾ける。


 「この前の借りは返させて貰うぜ?」

 

 クルデーレはそう言うと、一気に間合いへと踏み込んで来る。

 湾刀の特徴は、こちらの手元を抉るような刀身の婉曲とキレの良さにある。

 剣先の動きからは片時も目を離すことが出来ない。

 初手は胴を薙ぎにくるか……?

 僅かに沈み込むクルデーレの体。

 前回と今回のやつの動きから利き手が右であることはわかっている。

 利き手が右の人間が胴を薙ぐとき相手の左側を、俺からすれば右側から攻撃するのが一般的だ。

 となれば一度避けて、沈みこんだ体が起きる前に上から叩き潰すのが適当か……。

 左側に動いてクルデーレの剣を躱す。

 そのタイミングでクルデーレはもう一本の湾刀を鞘から抜いた。

 逃げた俺の体を追撃しようと言うのだ。

 最初の攻撃に比べれば勢いの劣る攻撃だ、叩き落とすのは容易い。

 だが、攻撃に転じることは出来なくなってしまった。

 

 「さすがに避けられちまうか」


 体勢を立て直すとクルデーレは、二本の湾刀を構えた。

 一般的に片方派防御に片方は攻めに使うことの多い双剣遣い。

 一見隙がないように見えるが実際のところは、防御の動作が先で攻撃の動作はその次になることが多い。

 何度化渡り合った前回の記憶でも、例に漏れずクルデーレは攻撃優先で防御は後手に回っていた。

 つまりは先に来る利き手の攻撃を利き手ごと無力化することが理想というわけだ。


 「俺の出方を窺う、そういうことか?」


 クルデーレが話し掛けてくる。


 「よく喋るな」


 煽って向こうから仕掛けて来てくれれば好都合だ。


 「あいにく頭脳は、そこまでじゃなくてね。公爵サマの脳ミソ、分けてくんねぇかなぁっ!?」


 それまで互いに牽制し合って間合いを保ったまま動いていたが痺れを切らしたのかクルデーレが地面を蹴った。

 だが、まだここでは動かない。

 あくまでも警戒したまま、出方を窺うという姿勢を見せる。

 なぜなら攻撃してきた手を斬り落とすのが目的だと悟られないようにするためだ。

 勝負は一瞬、その時まで静かにクルデーレの剣先を追い続ける。

 クルデーレはやや上に剣を振りかぶった。

 上からの斬撃で勝負に出るということか。

 それならば通り抜けざまに仕掛けられる!

 大きな力を使う一撃は動作が大きくなりがちで隙が大きい。

 クルデーレは俺の剣ごと叩き割るつもりだろうがそれを逆に利用させてもらう。


 「死ねやぁッ!」


 クルデーレがいっそう湾刀を振りかぶる。

 そのタイミングで俺は重心を左に傾け、剣を右下後方で構えた。

 力いっぱい振り下ろされる湾刀。

 それは風切り音を伴って空をきる。

 振り下ろされたとき、俺はクルデーレの左側へと抜けていた。

 そして通り抜けざまに両手に持った剣にで落ちてきたクルデーレの右の手を斬り落とす。

 確かな手応えとともに、鈍い音。

 自分の正面へと持ってきた剣にはべっとりと血が付着していた。


 「まだ、負けてないッ」


 残った左手で斬りかかろうとしてくるのを振り向きざまに斬り捨てる。

 もはやクルデーレの突貫に勢いはなく、真正面から俺の剣を受けるとその場に崩れ落ちた。


 「閣下ッ」


 俺の外套に身を包んだノエルが傷だらけの体で駆け寄ってくる。


 「私……一人で勝手に行っちゃってごめんなさい」


 瞳に涙を浮かべたノエルは抱きつくと泣いた。


 「一人で出来ないことは俺を頼れ。それも主従の在り方の一つだ」


 優しく抱き返してやるとノエルは俺の胸で確かに頷いたのだった。

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