第160話 出会い

 夕刻、ミッテルラントの警備隊隊長である青年は、一人の男を伴ってヴェルナールの元を訪ねた。


 「アルフォンス公爵閣下と面会を望むものがおりまして、どうか通していただけないでしょうか」

 「閣下に伺ってみます。ちなみに二人の身分は?」


 宿所を訪ねてきた彼らの用向きを問いただしたのは、ヴェルナールの身辺警護を行うアンドレーだった。


 「私はミッテルラントの警備隊隊長で、こちらが……」

 「プロテスタリー派の教徒として宗教改革を志す者です」


 やつれた服を身につけたもう一人の男は、つい先日追われながらこのヘルベティア共和国に入国したばかりだった。

 そんな彼を追手から救ったのがミッテルラントの警備隊隊長の青年だった。


 「ミッテルラントの警備隊長の方とプロテスタリー派で宗教改革を志す男が来ておりますが、お会いになられますか?」

 「宗教改革を志すというのが胡散臭いが、警備隊長が連れて来てるのなら身元を疑う必要も無さそうだな」


 ヴェルナールは会うことにした。

 三人の犠牲者を出している選帝侯会議に参席している以上、もちろん一応疑いはするものの警備隊長は信頼のおける人間と判断していたから、彼が連れてくる人間ならば問題は無いだろうと判断したのだ。


 「二人の名前を聞いてもよろしいかな?」


 三人が顔を合わせるのは、ヴェルナールが寝所とは別に借りた一室。


 「では私から。ヴェルナール殿は既に私と職業をご存知かと思いますので名前だけ。マルティン・スタンランと申します」

 「そのスタンラン殿に救ってもらったのが私、ジャン・カルヴィンで御座います。今は亡きツヴィングリ先生の不肖の弟子です」


 くたびれた服装から彼がここに辿り着くまでの苦労が窺えた。


 「おぉ、ツヴィングリ殿の弟子だったのですか」


 ツヴィングリは宗教改革の原点とも言うべき人物でヘルベティアにおいて神聖政治を敷こうとした人物だった。


 「我が師をご存知でしたか!」

 「知っているどころか、彼の言葉を実際にこの耳で聞いたことがありますよ」


 それは帝国士官学校時代の話だった。

 ツヴィングリはちょうどヴェルナールが帝国士官学校を卒業した頃、何者かに暗殺される形で命を落としている。

 

 「その時、どのような印象を持たれましたか?」

 「そうですね……彼のような強い指導力を持った人物の元、人々が宗教に対し寛容的になれればさぞ平穏に過ごせるのだろうと思いましたよ」


 彼の頃には既にカトリコスとプロテスタリーとの間に亀裂が生まれ始めていた。

 彼は聖書こそが絶対であり至高という考えをもちそれと同時に派閥の違いを肯定した上で派閥的自由を唱えていた。

 そして、それは、安寧を求める人々の中に確かな広がりをみせた。

 これに焦ったカトリコス派がツヴィングリを暗殺したというのが通説だ。

 そんなことは無いとカトリコス派は強弁しまた、その証拠は見つからなかった。


 「私は、そんな師の考えを意志を継ぎ、大陸の民に安寧なる暮らしを約束できるようにしたいと考えています」


 カルヴィンのその言葉にヴェルナールは、大凡の面会の目的を察した。


 「戦争の理由は大抵の場合、領土的野心、民族対立、宗教対立のいづれかです。誰かが国のトップとして座り続ける限り、領土的野心による戦争は解決出来ません。そして誰かが民族的蔑視をする限り、戦争を無くすことは不可能でしょう。ただ宗教に人々が寛容になることで戦争を回避することは可能です。そして戦争いに繋がる三つの理由のうち、解決することが最も容易なのは宗教対立による戦争です」


 カルヴィンは、熱く語った。

 三つの理由についてそれは、日頃ヴェルナールも思うところだった。

 だがヴェルナールは、カルヴィンの言を鵜呑みにはしない。


 「しかし、少しばかり簡単に考えているのでは無いですか?」

 「どの辺がでしょうか?」


 自らの考えを否定されたからな、カルヴィンは少しばかり顔を顰めた。


 「宗教対立の根底は教義によるものだけではありません。誰を後ろ盾にするのか、或いは後ろ盾同士での権力闘争という側面も持っています。これが宗教が俗物的であることの何よりの証左。もちろん、後ろ盾のない宗教など年寄りの世迷い言と変わらないでしょう。ですがまず根幹となっている宗教内部の権力闘争をどうするのか、それを示して頂けないことには貴方の或いはプロテスタリーの後ろ盾をすることは無理です」


 争いの元は教義ではなくもっと人間臭い俗物的な部分だ。


 「私の求めることなどお見通しなのですね?天にも昇る勢いで成長を続けるアルフォンス公の知見、感服致しました。今日のところはこの辺りにして起きます。必ずやアルフォンス公爵閣下に満足していただける案を持って再び参ります」


 先程まで顰めていた表情は何処へやら、目を輝かせるとカルヴィンはヴェルナールの元を辞した。

 この出会いが、彼らの行く末をそしてアルフォンス公国の未来を左右することを彼ら自身はまだ知らなかった。

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