第159話 アオスタ公暗殺の下手人は?

 「検問を設置しましたが、怪しい人物は見つかることはありませんでした」


 アオスタ公が何者かに射殺されてから丸一日。

 ミッテルラントの警備隊がヴェルナールの依頼により検問を設けていたが怪しい人物を捕らえることは無かった。


 「そうですか……まだミッテルラントにいるのか或いは逃げてしまったか……。お手数お掛けしました」


 手練の隠密であれば、一般人に溶け込むことなど容易にできる。

 ノエル率いる間諜達だってそうだ。


 「いえいえとんでもないです。ミッテルラントの警備を行う我々としましても、今後このようなことがないよう、警戒の度合いをより一層の強めていきたいと思います」


 警備隊長である青年の報告を聞きつつ、誰がアオスタ公殺害の指示を出したのかということに考えを巡らすヴェルナールはしかし、いつまでたっても結論を出せずにいた。

 というのも現在、次期法皇の座を巡って争っている勢力や派閥は三つある。

 一つ目はシュヴァーベン同盟を味方につけたタルヴァン派。

 二つ目がカロリング皇帝ティベリウスの推挙するコルネリウス派。

 そして最後にプロテスタリー派閥。

 二人目の犠牲者となったタルヴァン派の北プロシャ侯ラウエンブルクを殺害したのは、ティベリウスの可能性が高いと考えていた。

 さらに続く犠牲者となったアオスタ公殺害を行ったのもティベリウスでは無いか?と当初はそう思っていた。

 というのもヴェルナール自身が撒いた罠にはまるようにしてティベリウスは暗殺を図った。

 そして尋問によりラウエンブルクの殺害もティベリウスの指示によるものだということが発覚した。

 しかしティベリウスが暗殺に失敗した翌日のアオスタ公殺害。

 ラウエンブルク暗殺に関与した者たちがアオスタ公暗殺に送られそれをノエル配下の隠密が捕らえた。

 二回の暗殺を行った者が同一人物達であることから、ティベリウスの指示で動ける隠密はそれだけしかいないと考えることができる。 

 となると昨日のアオスタ公暗殺は、ティベリウスの指示によるものではないという見方が可能なのだ。

 そこで浮上するのが、ヘルベティアやプロテスタリー派閥による犯行、或いはタルヴァンが何者かを仕向けた可能性という線だ。

 

 「ノエル、お前はどう思う?」


 ヴェルナールは、困った表情を浮かべながら隣を歩く補佐官に尋ねた。


 「そうですねティベリウス或いはタルヴァン派の刺客による犯行が有力だと思います」

 「やはり、タルヴァン派を疑うか」

 「皇帝ティベリウスに追従する可能性のあるミュンヘベルク大公やアオスタ公を放っておく理由がありませんから」

 「となれば次は、ミュンヘベルク大公が殺害される可能性が高いか」

 「ティベリウスが殺される可能性もあるでしょうね」

 「ノエルがタルヴァンの立場だったらどうする?」


 蛇の道は蛇、隠密の考えることが気になるのなら、隠密に聞けばいい。

 ヴェルナールは、ノエルに意見を求めた。


 「五人しかいない選帝侯からタルヴァン派の選帝侯がいなくなった今、私がタルヴァンであれば次に狙うはミュンヘベルク大公の命です。皇帝ティベリウスの周りは警備が厳しく近づくのは難しい。一方のミュンヘベルク大公に近づくことは容易です。時間がないのなら確実性を求めると思います」


 ノエルは澱みなく道を同じくする者の考えを代弁した。

 それを聞いたヴェルナールは、初めて選帝侯会議に参加したときのことを思い出し確信に至った。


 「ノエル、相手は護教騎士団だ。心しておくよう部下に伝えろ」

 

 ヴェルナールは過日、剣を混じえた湾刀遣いを思い起こした。

 そしてノエルも護教騎士団という言葉を聞いて復讐の炎を宿らせたのだった。


 「フェリング……」


 ノエルが静かに呼んだ名は、護教騎士団との戦闘で失った有能な部下の名だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る