第156話 一悶着

 「何奴!?」

 「ぬおっ!?」


 夜半、アオスタ公の宿所は緊迫した空気が流れていた。

 闇に溶け込む黒い外套を纏った五人ほどの集団が、宿所を警備するアオスタ公の兵達に斬り掛かる。

 もちろん、正面からではなく側背からだ。


 「どこにいる!?」


 四人の当直兵のうち二人が瞬時に事切れた。

 さすがに残りの二人は襲撃を受けているという事態に気づきつつも敵の所在を掴めずにいた。


 「ここだよ?」


 いつの間にか兵士一人の背後に黒ずくめの男が立っている。

 そして刃を首へと回し、容赦なく掻ききった。

 血飛沫が辺りに飛び散るが、その頃には男はもういない。

 もう一人の兵士は自らの足元に転がってきた仲間の首に得物を取り落とし文字通り腰を抜かした。

 そこに蠢く影のように現れた黒い外套の一人によってやはり同じように首を掻き斬られた。

 その時間、僅か一分にも満たない。

 迅速で且つ的確な手口の手練たちだった。

 頭目なのか外套の一人がハンドサインで指示を出した。

 その姿を見ている一団がいた。


 「建物の中に入ったら仕掛ける」


 彼らは三人、同じように黒ぼったい外套を纏っている。

 完全に森の木々や闇と同化した彼らの存在に戦闘を終えた五人は気づかなかった。

 そのままアオスタ公に用意された宿所の中へと侵入していく。


 「今だ!」


 三人は足音を消して駆け出した。

 もはや宿所に侵入した五人にとって後ろは意識外、近づく三人に気づかない。

 そして三人の手には短弓が握られていた。

 足音を忍ばせたまま、宿所へと侵入すると、廊下で五人の後ろ姿を捉えた。

 すると三人のうち先頭を行く一人が短弓に番えた矢を最後尾の背中へと放った。

 いかに短弓とはいえ距離が近ければ威力は高い。

 放たれた矢は深々とその背中へ刺さった。


 「んぐッ!?」


 最後尾の一人がうめき声を上げながら受けた矢の勢いを殺しきれず前のめりに倒れる。

 倒れたことによって前にいた一人が振り向くのと、二人目が矢を放つのが同じタイミングだった。

 放たれた矢は振り向いた男の眉間へと突き立つ。


 うめき声をあげることも許されないままに眉間から血を滴らせながらその場に崩れた。

 さすがに残された三人は事態に気付き全員で振り向くと距離を詰める。

 三人目が矢を放ち距離を詰めてきた一人の目を矢で貫いた。

 悲鳴と嗚咽の入り交じった奇声を漏らしながらその場にうずくまるが、そんなことに関わっている暇はないと残された二人と短弓から短剣に持ち替えた三人とで斬り合いが始まる。

 剣と剣とがぶつかる金属音に気づいたアオスタ公の兵が廊下へと集まる。


 「何者だ!」 

 「捕らえよ!」


 たちまち斬り合う五人はアオスタ公の兵によって囲まれる形となった。


 「聞け!我らはアルフォンスの隠密だ!」


 その状況が危機的であると判断した三人組の一人が戦闘しながら正体を明かす。


 「主君の名によりアオスタ公の宿所を警備していたところ、踏み込む不審な集団を発見したのでアオスタ公の命を守ろうと宿所に立ち入った!」


 さすがにどう足掻いても逃げきれないことを悟った残された二人は、その場で武器を置き、投降の意思を示した。

 

 「噛ませろ!」


 アルフォンスの隠密の一人が咄嗟に短剣の鞘を投降した男の開いた口に含ませた。

 しかし、もう片方の男に噛ませるまでには時間が無かった。

 口から血を流して暫しの間、苦悶の表情を浮かべると事切れた。

 

 「チィッ……自害したか……」


 アルフォンスの隠密の頭目は、舌打ちをするとアオスタ公麾下の兵士達に断って、捕らえた身元不明の男を連れて宿所を後にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る